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シヴァーナンダ・ヨーガ 東京センター Sivananda Yoga Tokyo Center sivananda.exblog.jp

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高円寺のシヴァーナンダヨーガセンターの日々の出来事を綴ります


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あなたはあなたが考える者であり、あなたが考える者ではありません

スワミ·シータラマナンダ 202062


はじめに:

 このお話を皆さんにした際、人は自分が考えた通りのものであり、また考えたものでもないという意味が理解できないと皆さんは表現されていました。


 今回の内容は次の通りです。

  1. 思考とは何か、それがどのように働くのかを理解する
  2. 呼吸してリラックスし、真我をイメージする
  3. マインドの3つのレベル~低次のマインドから高次のマインドへどのように移るのか
  4. 思考の転換の練習
  5. 美徳を培い、悪徳を取り除く練習


どのように思考がはたらくのか?


 思考の波がマインドに現れるとき、それに注意を向けなければ、意識の波へと戻っていきます。思考の波は、それ自身に実体を持っていません。それにえさを与え続ける限りは実体を持ちます。つまり、私たちは波を名づけ、意味を与えます。えさを与え、その思考はさらにしっかりしたものとなり、さらなるパワーを得て、実体を持ちます。


 私たちは選択することができます。これらの思考(どんなものであろうと)を現実にすること、至福な思考を現実にすることができます。ヨーギはそれらを理解するために思考を観察し、そこに注意を払わず(エネルギーを与えず)、手放します。彼らはまた暗闇から光へ思考を転換することもできます。


  マインドの進化
 マインドには異なるレベルと機能があります。マインドは私たち自身ではありません。私たちには、馴染みのある思考や気持ちを繰り返し、その思考または感情に自分を見失う傾向があります。

   

 私たちは自分の思考や感情を誘導することを学ばなければいけません。もし自分のマインドを発達させる方法を知っていれば、スピリチュアルな進化のプロセスを加速させる方法がわかります。皆さんは進化したいですか?この質問を投げかけると皆さんのほとんどは否定します。なぜなら私たちは進化の意味を知らないからです。進化とは、私たちの中心核の自己や至福に満ちた自己に近づくことや、人生の目的を満たすこと、真実に近づくこと、真に幸せになることです。私たちの魂の幸せや達成感とは、外で何が起こっても続くものです。

  

 マインドの進化は私たちの至福に満ちた意識、アートマンとの繋がりに直接関係しています。


  アートマンとは何か?私は誰?意識とは何か?

 真我はアートマンと呼ばれますー真我についての真実は私たちが今までの人生で探してきたものです。それは私たちの内側の動機です。それぞれの人々はアートマンについての違ったアイデアをお持ちです。あなたはひとつの言葉、ひとつの資質を選び、それについて考える必要があります。

3つの練習があります。1.聖典を聴く 2.熟考、深く考える 3.直接的な経験によって悟る。今私たちは聴いて熟考しています。


  •  ヴェーダーンタ哲学と量子物理学は、実在である「意識」について語っています。
  •  ブラフマン(またはアートマン)は絶対的な純粋な意識です、それはサット·チット·アーナンダです。
  •  絶対的な存在ー身体の年齢や、誕生と死を超越した存在
  •  絶対的な知識ー意識、認識、自動的に考えることではない、マインドから来る知識ではないもの
  •  絶対的な至福ー完全な満足感。欲望がない、苛立ちがない、不満がない、無条件の幸せ、完全さを感じる、感情を超越している。
  •  アートマンは宇宙に光と美しさを与えます。あなたの美しさや権限している性質などはその光と美しさ満ちた自身の意識なのです。あなたが意識を変えれば、その美しさも失われます。美しさとは外側の見た目ではないのです。人々は外側の美しさを求めることによって起こる幻滅にとても苦しんできました。
  •  アートマンは知性をマインドに与えます。知性を通してその輝きが外側に現れます。
  •  それは途切れのない認識、真我や幸福の途切れない感覚です。習慣によって自動的に機能するものではありません。
  •  内側でも外側でもありません、内に宿っていて、内側の認識や、感覚の外側の認識、偏在しています。瞑想者は目が半分開き、半分閉じています。彼または彼女は全ての状況を超越した、ひとつの意識のみにおいて、世界の外と中で生きています。これが、人がアートマンに近づくために内側と外側に同時に居ることを練習する理由です。彼らは、感じることを言い、言うことを感じ、言って感じることを行います。彼らは常に同じで、彼らがいる場所や周りの人からは独立しています。
  •  空間と時間を超越し、空間と時間によって条件づけられているマインドを超越します。全ての状況で同じように機能することが出来ればできるほど、アートマンに近づきます。
  •  非局所的、非物質的
  •  永遠に存在しているもの、あなたが幸せであろうがなかろうが常にそこにある真実です。Eckhart Tolle氏の「The power of now」という本を参照してください。あなたがどんな問題を抱えていても、現在にただ戻ってくるだけで、その問題はそれ自身で解決されます。全ての問題は過去からのみもたらされ、またそれは未来に投影されています。現在に生きれば生きるほど、アートマンにさらに近づきます。
  •  それは主体であり、それ無しでは何も存在しません。マスター、ボス、認識者であり、認識の対象物ではありません。見ている意識的な認識です。
  •  アートマンは客体ではありません。制限がなく、説明することができないものです。ネティ·ネティというテクニックを用いてマインドに投影された考えを次々に否定したあとに残るものがアートマンです。客体ではないので、アートマンは何かや誰かに依存する事はありません。例えば、誰かがあなたを褒めたらあなた自身の価値を感じ、誰かがあなたを批判したら、気分が悪くなります。そのような時、自分自身に戻り、あなたは主体であることを思い出す必要があります。誰かに奉仕し、誰かを喜ばせようとしている時でさえも、あなたがそれをしていることを認識し、自分自身を失わないようにします。カルマヨーガを行うとき、自分していることに対して意識的にならなければいけません。例えば、皿洗いをするとき、そのタスクを終わらせることを目的にせずに行います。代わりに、皿洗いの間あなたは認識し、自覚しています。あなたの行いそのものではなく、あなたの態度がカルマヨーガとなります。このように、同じ行いが態度によっては、あなたを召使いまたはマスターにします。
  •  偏在しています。それを悟れば、孤独を感じることはありません。
  • 無限、自由、無制限、それゆえあなたは場所や人間関係、状況に制限されることはありません。隔離や封鎖の状況において、人々にとって自分たちは真実において自由で依存していないことを思い出すことは助けになるでしょう。
  •  不変であるので、物事が変化するとき(人々のマインド、感情、自分の身体、自分の習慣、暮らし方)に悲嘆、驚き、幻滅はありません。それは本当ではないからです。
  •  不動、安定、安心感を与えます。
  •  アートマンは全ての可能性です。全てはアートマンの意志からもたらされているので、心配する必要はありません。
  •  説明が不可能、掴むことが不可能
  •  汚れのない、純粋な、完全なものであり、マインドの創造物であり元々不完全である相対的な世界で見つけることは出来ません。
  •  完全、マインドや感情を通してではなく沈黙によって認識可能です。
  •  属性を超越
  •  グナ(質)を超越:タマス(暗闇)、ラジャス(行為)、サットヴァ(純粋さ)
  •  二元性、分裂、ここーあそこ、内ー外、これあれ、高いー低い、白ー黒を超越しています。どこに行く必要もありません、ただ内側を見なければいけませ ん。
  •  永遠であり、儚い限りある存在ではありません。
  •  同等のものがなく、ひとつで、比較や競争するものはありません。このような理由から、他者と自分を比べません。
  •  超越的で、マインドの制限を超越します。
  •  至高の真実
  •  太陽のように自ら輝いています。それに光を与えるものは必要ではありません。
  •  完全に輝き、明るいです。アートマンに近づくとあなたは明るさを感じます。
  •  完全に悟っています。
  •  自立しているので、存在を見せるための何かは必要ではなく、孤独ではありません。
  •  未分化で、質がありません。
  •  名前と形がありません、名前と形を超越しています。
  •  部分がありません。分けることが出来ません。
  •  行ったり来たりする見かけを超越しています。魂の目を通して物事を見て幻滅を避ける必要があります。
  •  純粋な愛、愛の本質、愛の全種類の背景にあり、より多くの愛または少ない愛を超越します。それは100%の愛であり、常にあるものです。
  •  意識の統一、万物が繋がり、対立を超越し、富(持っているまたは持っていない)や文化、ジェンダー、人種、宗教を超越しています。
  •  ワンネス
  •  行為を超越しているので、それを見つけるために何かをしたり何かを完璧にしたりする必要はありません。
  •  エゴ、分離した「私」という感覚を認識しています。
  •  支配者ではないマインドと感情を認識しています。アートマンは感情の全ての変化を支配している内なる支配者です。
  •  知る者、全てを知る主体です。
  •  支配者、ボス
  •  絶対的なもの
  •  万物に光と生命を与える太陽と比較されます。
  •  全てのプラーナの源、全ての命の源、意識の源です。アートマンに近づくとき、より多くのプラーナ、無制限のプラーナを得ます。それから離れると、プラーナは減少します。もしプラーナを持っていない場合、あなたはアートマンから遠く離れています。
  •  思考は、意識の無限の海で上がったり下がったりする波です。
  •  あなたはあなたが考えるものではありません。
  •  あなたは観察者であり、行為者ではありません。
  •  自分の思考の目撃者
  •  あなたはあなたの思考ではありません。
  •  全ての瞑想者は同じ結論にたどり着きます。彼らは、瞑想者と瞑想の対象、瞑想の行為が一体となる経験にたどり着きます。
  •  知る者、知られるもの、知ることがひとつになります。
  •  質問:意識は進化していますか?答え:いいえ。意識は不変です。実際、マインドが進化するときに変化しているもの、薄くなっていくものは意識のヴェールです。それは意識である光の経験を私たちにもたらします。


では、どのようにマインドを訓練し真我を明らかにするのか?


 どのようにマインドを低次な機能から高次なものへ移行し、私たちの至福や真実に近づくのでしょうか?マインドの3つのレベルの理論を用いて、マインドをナビゲートする方法を知っていきます。


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1. 無意識なマインド:

  •  三角形、氷山のベースは無意識なマインドですー低次のマインド。それはマインドの第一段階です。その基礎的なマインドから意識的なマインドは現れます。それは意識的なマインドの下にあります;意識的なマインドによってコントロールされることが可能です。
  •  無意識なマインドは未知なもの、隠れている思考、海面下の思考で成り立っています。
  •  それはとても強力で、私たちの人生の95%の時間を支配しています。
  •  無意識なマインドは過去の経験の倉庫です。
  •  そして身体の多くの自動的な機能(呼吸や心臓の鼓動など)を支配しています。またそれは、運動技能や学術技能、社会的技能、経験の記憶などの学ばれた経験も保管しています。車のように、高速道路で走行制御装置を作動させて自動操縦で進むことが出来ます。それを走らせることができます。


  • マインドはカルマ的傾向、サムスカーラで出来ています。
  •  ほとんどの時間私たちは自動操縦の状態で、無意識なマインドの自動的な指示に従っています。マインドの全ての傾向、習慣は無意識なマインドで形作られます。カルマ的傾向について話しました。 運星 (太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星、ラフ、ケトゥ)の位置を通してカルマ的傾向を表すインド占星学のチャートを参照します。
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例:カルマの12分野におけるマインドの傾向

 1番に月(自己を気にする) 2番につき (お金や食べ物を気にする)、3番に月(公共の関係や芸術を気にする)、4番に月(愛することが好き)、5番につき(学ぶことが好き)、6番に月(対立が好き)、7番に月(パートナーが好き)、8番に好き(サイキックな世界が好き)、9番に月(ダルマや先生が好き)、10番に月(働くことが好き)、11番に月(得ることが好き)、12番に月(解放が好き)。他のパターン:独りの月(孤立、孤独感)、月と火星(速い感情、行為をもたらす)、月と土星(内向的)、月と木星(寛大、広い視野)、月とラフ(妄想的)、月とケトゥ(無執着)、月と土星と火星(完璧主義者)、囲まれた月(緊張)、満月(共感的)、高い月(多くの感情)、衰弱した月(狭いマインド、執着)。

  • 無意識なマインドは本能的です。
  • それは動物本能があるところです:本能は速く、強く、パワフルで抵抗不可能です。

 生存時々ある状況で暮らしている人がどのように生存しているのか理解できないことがあります。それは驚くべきことですが、生存本能は活発で強力であることをあなたは知っています。私たちは生存するために必要なことを行います。生存本能を超越する方法は、自分の空腹感に従ってまず自分が食べる衝動を超越しながら、他者に食べ物を提供することです。

生殖身体を再生産するためにつがいを見つけます。性的(生殖)本能は呼吸の次にあるものです。これについて考えてみてください、それはあなたの人生を支配しています。それは無意識なマインドにあるので、つまりそれをあなたは認識していません。しかしそれはあなたの思考や行為を支配しています。良い服装、良い髪型など、つがいを見つけるための全てのこと。

群れ群衆に従います。目立ちたくありません。もし群衆がこのように行動しなければいけないと言うと、あなたははまりたいので従います。どのようにはまるかがわからないかもしれませんが、ただはまりたいだけなのです。例えば、あなたはベジタリアンで他者はそうではない時。とても変に感じ不安を抱えます。本能が集団の一部になるように私たちを引っ張るからです。安心感や安全を感じるために他者に頼るのではなく、彼ら自身の真我の真実を探求する賢者と一緒にいること、サットサンガによってその群れの本能を超越します。

領土私たちは自分たちの王国を持ちたがります。自分の領土をマーキングする犬見たいです、これは私のエリア、そして私たちにうなり吠えます。領土の本能に関連する感情は恐れや嫉妬です。生存本能に従って行動する動物はつがいを見つけるためにお互い競争します;リーダーがいます;2人のリーダーが責任者が誰であるかを確立するために戦います。ある動物は強力の仕方を学びます。人類は協力とコミュニティーを通して領土の本能を超越することが出来ます。


  • 無意識は感情的です。
     低次の感情があるところです: 怒り、恐怖、貪欲、嫌悪、嫉妬、羨ましさ、性欲。これらのパワフルな感情は強く感じられ、私たちをジェットコースターに導きます。感情的な衝動は私たちに命令的で抵抗するのが困難です。意識的なマインドにおいて機能するということは、感情や群れる本能、領土の本能、生殖本能などや、私たちの癖に抵抗し、現在において強くいなければいけません。
  • 無意識は習慣の居場所です。習慣の被害者になるのではなく良い習慣を利用しましょう。
  •  習慣は無意識なマインドにあります。ある時間に起きる習慣や、歩く癖、話す癖、瞑想の時間、食事の時間。これらは全て私たちの無意識なマインドで作られる習慣です。ポジティブな習慣を創造し、習慣の被害者にならないようにしましょう。

 意識的なマインドは必要な時、変化する状況に適応することを担っています。私た ちは試練や間違いから学びます。間違いは成功への手段です。認識とは、注意を払  うこと、意識的になることです。認識とは、自分の間違いから学ぶ努力をすること  です。

  例:運転の仕方を学ぶ;赤ちゃんが歩き方を学ぶ;頭立ちを学ぶ


  • 自己暗示を使う:無意識なマインドはあなたの100人の秘書です。
     コンピューターが隠れたソフトウエアでプログラム化されているように, 無意識なマインドはあなたの召使いになり得ます。それはあなたのために100人の秘書が働いているようなものです。例えば、ある時間に起きるために自己暗示を使うことが出来ます。古いソフトウエアが廃れたときはそれを取り除く必要があります。さもなければ、それはあなたの意志に反して機能します。



  1. 意識的なマインド
  • 意識的なマインドは選択をする能力です。
  • 私たちは現在において選択をします。
  • 意識的なマインドは無意識なマインドを導きます;それがその役割です。


   意識的なマインドはより成熟し、真実により近いものです。意識的なマインドは感情や本能より至高です。無意識は意識的なマインドに導かれる必要があります。無意識なマインドは、より成熟した年上に自分の意志を服従させる子供のようなものです。意識的なマインドの決定は低次のマインドの欲望に取って代わり、超意識のマインドによって感銘を受けます。


  • 意識的なマインドは知性を使います。
  • 意識的なマインドは推論する力です。それは全ての状況の賛否を分析することによって決定します。人は論理的思考の機能を発達させる必要があります。もしそれを使わない場合、あなたはそれを失います。識別と無執着を発達させる必要があります。
  • 自己変容の旅路にいない人にとって、意識的なマインドはほとんど使われていません。私たちは一日中自動的に機能し、ほとんど考えません。
  • 知性は間違います。
    感情的マインドより信頼でき上位ですが、知性は制限されていて間違うこともあります。 それは真実を認識することは出来ず、時間と空間と因果に制限されています。有限の道具は無限のものを認識することは出来ません。


  • 自己認識とエゴ
     意識的なマインドの発達によって、自己認識の機能がもたらされます。自己認識とは、分離したエゴとしての自分自身を知ることですー全ての名前や形の中にある唯一のものとしての真我を知ることである真の自己認識ではありません。浄化されていない意識的なマインドは自己中心的になり得ます。
  • 意識的なマインドは無意識なマインドに引っ張られます。
     The conscious mind can be usurped意識的なマインドは低次のマインドによって奪われます。知性は感情のラッピングによって色付けされます。このようにして私たちは言い訳を作り、自分の決定を正当化します。
  • 自己探求は本物と本物ではないものを識別するために知性を使うことです。
     このような理由から、人は自分の真の動機を問い、自分の真の目的を自分自身に思い出させる必要があります。


  • 意識的なマインドは現在を手に入れることを助けます。
     認識するということは、力づけられ、現在に生きていることを感じることです。無意識なマインドは過去に生きています。過去に溺れることは、私たちに被害者のような感覚や弱さを感じさせます。


現在は過去よりも優れています。
Swami Sivananda


問題を作り出した同じレベルの意識からそれを解決することは出来ません。       Einstein

 過去のマインドの習慣に住むことは、問題を解決しません。現在に来て自分を過  去から解放し、全ての可能性に開くときに、私たちの問題への解決策がもたらされます。


  • 永遠の現在に生きる

過去は安心感を与えます。

現在は掴むことが難しく感じます。

未来は不確かです。

実際、過去は死んでいます。

現在が現実です。

未来は過去の模造品になる必要はありません。

もし現在を手にしていれば、未来も手にしています。

もし過去を手にしていれば、あなたは未来に対する犠牲者です。


  1. 超意識ー直観的至高のマインド

  • 超意識のマインド(超精神的と呼ばれることもある)は直観があるところです。
  •  直観は私たちが瞬間に知ることを可能にし、間違うことがありません。直観はサトヴィックなマインドからもたらされます。感情的な低次なマインドからもたらされる衝動ではありませんーそれらは同じように見えますが。
  •  超意識は温かく、優しく、瞬間的で、パワフルで、間違いません。真実に近いものです。温かさを欲する感情的なマインドによって、意識的なマインドは冷たいものとして認識されるかもしれません。意識的なマインドが超意識のマインドと協力するとき、それは同意を得て、無意識なマインドは落ち着きます。
  •  意識的なマインドは適切に考えることに時間がかかります。直観的なマインドは瞬間的です。しかし、私たちは間違いをし、代わりにパワフルで速く本能的な無意識のマインドに行きます。時間が無いとき、無意識なマインドに従う方がより簡単です。物事を悪化させるより、時間をかけて適切に考える方が良いです。
  •  超意識的で直観的なマインドは気持ち、純粋な愛と統一感の至高の気持ちを持っています。それは光り輝き、温かく、全てを考慮し、時間と空間を超越し、真実により近いものです。意識的な決定をするために、私たちは全ての側面を考慮する必要があります。直観的な考えは過去、現在、未来を知っています;瞬間的に知っています。
  •  直観的な気持ちと感情的な衝動は速く、強く、抵抗不可能で同じように機能しますが、それらは異なるものです。感情的な衝動に従った場合、それは私たちを引き落とし、最終的に失望させます。しかし、直観的な考えは私たちを引き上げ、自分たちの決定から苦しむことはありません。
  •  無意識なマインドはその利益を利用するために、意識的なマインドを引き下ろそうとします。対照的に、直観的なマインドは意識的なマインドを引き上げ、インスピレーションを与えます。私たちの努力のほとんどは、そのインスピレーションを保ち、良い行いをするためにエネルギー(プラーナ)や喜びを得るためのものです。
  •  もし無意識なマインドがうるさ過ぎるとき、どのようにインスピレーションを得るのでしょうか?サットサンガ、啓発された人々との繋がりを通して;または聖典を通して。私たちに方向性、真実の声を与えてくれます。
  •  超意識は知性を上方に促します。それは同時に正しく、温かいです。純粋な愛は正しく、温かいものです。
  •  直観は普遍であり、マインドを叡智の源に繋げます。低次のマインドはその欲望を満たすために自己中心的に働きます。直観は全ての論理的思考を超越しますが、抑制のない感情のようにクレイジーではありません。
  •  超意識は知性よりも至高でより信頼できるものですが、絶対的真実ではありません。それは発達されるべきである、知識にアクセスするための私たちの機能·能力です。


  1. 3つのマインドをナビゲートするーヨーギの旅
     ヨーギの旅は逆三角形です。ヨーギは無意識なマインドの中身を認識し、直観によって誘導されるために励みます。ヨーギは自動的な機能を最低限に保ち、本能や感情、過去のプログラミング、好き嫌いにはもはや誘導されません。意識的なマインドを利用しながら、ヨーギは現実、真実を見るために低次のマインドのヴェールを薄くしていきます。



  自己成長のプロセスを加速するためにマインドの3つのレベルを発達しましょう

結論として、探求者は

  • 認識を発達させます
  • 論理的思考を練習します
  • 自分の意志を高次の意志に委ねます
  • 無意識で基本的な本能に打ち勝ちます
  • 暗闇から光へ移動するプロセスを加速するためにサーダナを意識的に練習します


5. 瞑想中に何が起こるのか?

1. 無意識な印象が浄化されます。問題がそれ自身で解決されます。

2. 意識的なマインドが活性化され、明晰になります。

3. 超意識が作動しますー直観が現れ始めます。


6. 3つのマインドを超越

3つのマインドを超越するものは、アートマン、絶対的な意識、存在のグラウンド、純粋なもの、生まれることのない永遠のものです。


絶対的な存在

絶対的な知識

絶対的な至福



·思考変換のエクササイズ。低次のマインドから高次のマインドへ、ネガティブからポジティブなマインドへ、タマシック·ラジャシックからサトヴィックで純粋なマインドへ。何かについて考えることによって、あなたはそれになります。しかし、あなたはその思考ではないので、その思考を反対のものに変えることができます。通常、マインドの傾向に打ち勝たなければいけません。このエクササイズをすればするほど、自分の思考をネガティブからポジティブなものに操作するエキスパートになります。最終的には、あなたのサトヴィックなマインドがあなたの本質を反映できるようになります。最終的に、マインドの全ての角が丸くなります。このような理由から、私たちはコミュニティーで暮らします。そうすることで、私たちのマインドがお互い摩擦を起こし、いつかそのマインドから私たちは離れます。


考えるためのポジティブな言葉


これらの言葉について考えることは、最終的にあなたを光へ導きます:これがあなたがマインドになってほしいものです。

幸せ:永遠の幸せではなく、マインドの一般的な気質

喜び:楽しそうな一般的な気質はより多くのプラーナをあなたにもたらします

健康:病気について考えるのではなく、健康について考えましょう

愛のこもった:万人に対して、それはあなたの心の質です

思いやり

知識:学ぶこと、無知から抜け出すための知識について興味を持つこと

賢い:対立に直面するとき正しい対応を選択するために

上向き:上方に向かう感じ

拡張した:大きく偉大な感じ

無私:非自己中心的

規律:ポジティブな態度で 例)正しいことを正しい時に行う

高揚させる:軽く感じること

軽い:重いの代わり

許す、寛容:誰に対しても恨みを持たない

健全な:ワンネスを感じる

調和的

平和的

創造的

生産的

協力

思いやり:無関心になる代わりに

敏感

共感

勇敢:とても重要な質、それはあなたを変化させます

柔軟:適応可能

流れる:頑固になる代わりに、人生と共に浮かぶこと

成長:上方に向かうこと

帰依的:心の中の至高のものへの愛

信仰:あなたに平安と安心感をもたらします、疑いの逆

集中した:あなたが現在にいることを助けます

統一した:誰に対しても分離しない

強い:暴力的ではなくあなた自身にただなること、あなた自身に留まること

落ち着き

平静さ:マインドの平静さ、浮き沈みがない

辛抱強い:困難において耐えることができ落ち着きを保つこと

正直

知足:欲深くなく、落ち着いている

至福に満ちた

誠実

独立:自力本願

委ねた:信念を持ち、リラックスし、全てをコントロールする必要がない

前へ:前に進む感じ

明るい

柔らかく話す:優しく話す

非暴力:アヒムサ

敬意を表す

道徳的に厳しい:耽溺しない

離れた、無執着:執着の逆

注意深い

明晰なマインド

平穏なマインド

適応可能

美しい:美しさを見て、美しく感じる

繋がり:真我に、宇宙に、他者に繋がり強く感じる

リラックスした:ストレスを抱えない

中道:過激ではない

バランスのとれた

思いやりのある

離欲:満たされていると同時に離れている、退屈になることではない



反対に変換する言葉


不幸せの反対ー幸せ

落ち込みの反対ー楽しそう、エネルギッシュ

不健康の反対ー健康

嫌悪の反対ー愛のある。嫌悪、嫌いという言葉の使用を完全に避ける

エゴに従い批判的の反対ー受け入れる、忍耐

混沌の反対ー調和的

非規律の反対-規律

めんどくさいの反対ー熱狂的

怠惰の反対ー気にかける

不正義の反対ー正義

不注意の反対ー注意深い

怒りの反対ー知足、期待を手放す

執念深いの反対ー許す

落ち着きのないの反対ー平和的

怖がりの反対ー勇敢

不安の反対ー信念をもつ

心配の反対ー信念をもつ

恥ずかしいの反対ー自身

疑い深いの反対ー信念を持つ

停滞の反対ー流ているのを感じる

停滞の反対ー進歩を感じる

無責任の反対ー責任感

嫉妬の反対ー自分のカルマ、自分自身を受け入れる

羨ましいの反対ーあなたが誰であるかについて現実的になる、知足

懐疑的の反対ー信念をもつ

プライドの反対ー謙虚

攻撃的の反対ー尊敬をする

苛立っているの反対ー受け入れる

短気の反対ー忍耐

傲慢の反対ー謙虚

自己中心的の反対ー無私

制限されている感じの反対ー拡張や無限を感じる

頑固の反対ー流れる、柔軟、適応可能

下向きな感じの反対ー上向きに感じる

耽溺の反対ー規律

中毒の反対ー規律

クレイジーの反対ー地に足をついた

自己不信の反対ー真我に信念をもつ

自己嫌悪の反対ー自己愛

意地悪の反対ー許す

不正直の反対ー正直

操作的の反対ー率直

性欲の反対ー純粋

不安定の反対ー安定

執着の反対ー無執着

所有欲の反対ー寛大、共有

独善的の反対ー自己を委ねる

軽蔑の反対ー尊敬、謙虚

悪意のあるの反対ー思いやり、倫理的

罪深いの反対ーダルマ的

歪んだ、みだらなの反対ー純粋、良い

先延ばしにするの反対ー実行し、結果を手放す

悲観的の反対ー楽観的

足りなさを感じるの反対ー満たされているのを感じる

ナイーブの反対ー現実的

思いやりのないの反対ー思いやりのある

弱いの反対ー強い

空虚感の反対ー満たされているのを感じる

欲が強いの反対ー知足

貪欲の反対ー寛大

誇張の反対ー誠実

バランスが取れていないの反対ーバランスが取れている

矛盾の反対ー首尾一貫

無駄の反対ー保守

意地悪の反対ー寛大

ケチの反対ー寛大

肉欲的の反対ー禁欲、内に向かう

世俗的の反対ー内に向かう


8. 思考を培うのエクササイズ:悪徳を取り除き美徳を培う

月曜日: 無執着/ 執着

火曜日: 勇気/ 恐れ、不安

水曜日:思いやり/ 批判的

木曜日: 信念/ 疑い

金曜日:チャリティ/ 貪欲さ

土曜日:忍耐/ せっかち、短気

日曜日: 寛大さ/ 心の狭さ


1:道徳的厳しさ/ 耽溺

2: 寛大さ/ けち

3月:用心深さ/ 怠惰

4: 純粋な愛 / 性欲の強い

5: 創造的なこと/ 停滞、不活発

6月:寛大さ/ 執念深い

7: 平静 / 偏見。偏った

8:  落ち着き/ 乱れた

9: 誠実 /  偽善

10:適応性/ 頑固さ

11: 自己規律/ 気が散った

12: チャリティ、無私 / 自己中心主義


聖なる母があなたに8つの繁栄をもたらしますように:

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# by sivanandatokyo | 2020-07-02 17:49

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By スワミ・シータラマナンダ 2020年5月11日


準備:

今日のトピックはとても哲学的ですが同時に実践的です。それを理解することはとても重要であり、そうすることで健康そして自由になるためにするべきことがわかります。6つの実践的な呼吸とリラクゼーションのレッスンを行うための準備をしてください。仰向けになれるスペースを確保し、部屋を換気してください。

1.シャヴァーサナのポーズになります。クッション無しまたはクッションを使って腹式呼吸を学びます。クッションを用意してください。重いほうが良いです。

2.椅子に座るか、床に足を組んで座ります。座った姿勢での呼吸とリラクゼーションを学びます。

3.座ったまま、カパラバティの呼吸(肺の浄化)を学びます。

4.息止め無しと有りの基本のアヌローマ・ヴィローマ(片鼻交互呼吸)を学びます。

5.再び仰向けになり、ポジティブ・アファーメーション(肯定)を用いた呼吸とリラクゼーションを学びます。

6.最後に、緊張と弛緩、完全な導きのリラクゼーションを学びます。


なぜ今日のトピック?

コロナウイルスの世界的感染の今日の真実は、私たちは自己を見失い、困惑の中でマインドが流されているということです。私たちはストレスを抱え、正しい呼吸をしない傾向があります。パニックになり様々な方法で反応します。世界のニュースは私たちの健康を、ひと呼吸ごとに取り去っています。不安にさせる、矛盾したニュースに捕らわれています。世界はネガティブで争っているように見えます。最近の焦点は「病気」であり、「健康」ではありません。キーワードは「死者数」「マスクを着けて!」「手洗い!」「社会的隔離」「通常に戻る」「古い標準」「新しい標準」です。

今日は皆さんに2つの新しいキーワードを紹介したいです:「呼吸してリラックス!」新しいモットー、「呼吸してリラックス!」。

なぜ呼吸とリラックスが常に覚えておく重要な練習なのでしょうか?

呼吸は生命の肯定、主張です。それは生きる中で身体・マインド・魂を健康に保つことを私たちに思い出させます。

リラクゼーションはマインドの錯覚的世界から離れることです

なので…呼吸してリラックスしましょう!

注意書き:正しい呼吸と人生に対する正しい姿勢は、ウイルスの感染を防ぎません。しかしそれは、あなたの免疫系を強化し暮らしの質を高めます。もし病気になっても、治癒のためにさらに強くなり、自己を助けるためにするべきことを知るための準備ができているでしょう。


転換:病気ではなく健康について考えましょう!

・健康は私たちの生まれ持った権利です!私たちは自分たちの健康のマスターであり、被害者ではありません。

・人生は生きる価値のあるものです。ですから、真の健康を得てポジティブに保つためにもがきましょう。価値のある人生についての内側の肯定は、自己改善のための努力を助ける良いスタートです。自分の人生のために呼吸しましょう!リラクゼーションは私たちに生命を与えます!

・生命は神聖です。自分の生命と周りの生命における神聖さを見出す必要があります。この正しい姿勢は人生に健康をもたらします。

・母なる自然によって支えられています。彼女を覚えておきなさい。自然に戻りなさい。母の日おめでとうございまます!

・基本的なものに戻り、自然な方法で回復力や免疫力を高めましょう!私たちは意識的な意志のパワーを持っています。

私たちの思考の力は手中にあります!ネガティブな思考はウイルスのように広がります。私たちは自分の運命のマスターです。

・病気ではなく、健康に焦点を当てましょう。自分の健康を増進しましょう!

・私たちは本質的に自由です。生まれ持った自由に焦点を当てましょう!全ては大丈夫です。私たちは強く勇敢です。学ぶべきレッスンがあるために全てのことは起こります。


蓮の花の例え話:

蓮の花は、泥から成長する美しくとても香りのよい花です。蓮の花は瞑想者によって頻繁に使われる象徴です。それはスピリチュアルな人生を表します。このウェビナーのテーマ:「痛みと苦しみの世界でどのように生き、自由になるか」つまり「どのように自分たちのカルマ全うし自由になるか」。


世界の本質とは何か?

・客観的な世界はありません。世界は自分たちの外側にあるように見えます。しかしヨーギーによると世界は実際にはマインドの投影です。世界は私たちのカルマが展開されるステージです。私たちは同じ世界には住んでいません。自分のカルマによって世界を違う風に認識します。他の視点から見ると、世界は神の創造物です。両方の説明が言っていることは、それは物質的もしくは客観的なものではなく、コントロール出来るものでもなく、世俗的なマインドで見出せるものでもないということです。それは意識の問題だということです。

・マインドの投影は「世界」と呼ばれます:私たちは自分の外側の人々についての考えの投影に執着しています。繰り返されるマインドの投影は、世界は固定していてリアルだという考えを作り出します。

・マインドに記録された過去の経験を思い出し続け、それらを投影し続け、もしくは意識が同じ結果を選び続けるので、私たちはほとんど同じシナリオを再生し、世界は客観的なもののように見えます。

・自分たちの外側にあり、固定しリアルであるように見えるこの投影された世界は、物で成り立っています。私たちは物の世界に住み、それらはそもそもマインドと意識の生産物であるということを忘れています。これらの物は感覚器官によって認識されるので、私たちが住む世界は「感覚的世界」と呼ばれます。


私は誰?私は認識や執着の対象物ではありません。

知覚・認識(そして執着)の対象物になり得るもの:

・私たちの身体

・人々もしくは物事:家族や友人、家庭や仕事環境、馴染みのある風景もしくは所有物

・5つの粗大な要素(土、水、火、空、エーテル)によって成り立っている自然現象。これらの粗大な要素はマインドにおいて微細な形で存在しています。

しかし主体、認識する者とは誰なのか?

私です。私たち、私たちの真我です。物は多様ですが、真我はひとつです:常に平安を見出すための鍵は、全ての人々や物事、自然現象の中にあるそのひとつの意識を覚えておくことです。

物は変わりますが、意識は変化しません。身体は変化し、老化し、死にますが、意識は影響されません。


どのように世界に住み、主体を見出し、自由になるか?

・世界という考えは二元性と分離を生み出します。平等な見方を培い、全てをひとつ、神として捉え無い限り、世界では迷わないほうが良いです。分離から自由になるために世界についての概念を再考する必要があります。これは、旅のはじめにヨーギ―が内に向かう理由です。彼らは自己中心的になっているのではなく、彼ら自身の意識から始める必要があるのです。

・私たちのレッスンは、内なる真実もしくはアートマンを悟るために客体から離れることです。アートマンは万物に存在する真我です。それは不変で、安定していて、古典的で、完璧で、自由で、偏在し、全知です。感覚的な世界は現実ではありません:ヨーギ―はマインドの投影を超越した真我を認識するために、内に向かい感覚的な世界を超越します。

・真我は主体です:万物の背景にある意識としてあなたの真我を常に悟りなさい。主体は感覚や二元性を超越し、それはサット・チット・アーナンダです。

・真我は今ここで見つけられます:今とここにおいて、過去の印象や投影された未来から自由な私たちの意識にアクセスすることができます。

・カルマの結果として、私たちは今とここに生きていません:瞑想は、私たちを今とここに引き戻すことによってカルマから私たちを解放します。世界のステージで展開されている劇は私たちのカルマです。

・マスター・シヴァーナンダからのレッスン:スワミ・シヴァーナンダは、世界はあなたのベストな先生であると述べます。全てにおいてレッスンがあります。彼の最後の言葉:「思い出しなさい、忘れなさい!」(真我、神を思い出し、他のことは全て忘れなさい)。彼は世界をひとつの目で見て、もう片方の目で真我を熟視します。

・第一のヨーギ―であるシヴァ神からのレッスン:彼はいつも半目の状態で描かれます。これは、ヨーガ修行者が得たいマインドの理想的な状態を表しています。「世界の中と外」にいることや、魂や知性が欠けているものとして現れている世界を見るのではなく、名前や形の世界や変化する現象を見るのと同時にその世界の本質を見ることです。彼はまた、第三の目が開いて描かれます。これは、世界を直観の目もしくは、怒りや貪欲さ、性欲、嫌悪感、嫉妬などの低次の性質が浄化されたマインドで世界を見ることを促しています。直観は知性よりも至高です。直観は二元性を超越したときもしくは、右脳と左脳の分裂を超越したときのみに培われます。それは帰依心または純粋な愛を含みますが、考えることに純粋な愛が欠けていたり、考えることがエゴによって動機づけられている場合に知性は全体像の半分を失っています。

・母なる自然からのレッスン:自然は私たちの外側にありますが、私たちの心に近いものです:私たちは簡単に自然に親しみ、自然とのワンネスを見つけることが出来ます。マインドの世界よりも自然世界における方が道に迷う感じがより少なくなります。彼女との共生関係を持っています。これは神または聖なる母とのスピリチュアルな関係です。自然に調律することは世界でのポジティブな生き方です:混沌として混乱した人間の思考がぶつかり合っている忙しい都市よりも自然の世界における方が自分自身を見つけやすいです。自然は神のマインドの投影です:自然に向くことは私たちを謙虚にし、心を開かせます。エゴを明け渡すことを助け、マインドを落ち着かせます。(例えば、気の散ったマインドは畑仕事や、散歩や川で泳ぐことによって落ち着きます)。自然は強力(例えば、嵐、洪水、雪、厳しい天候状況)ですが、彼女に身を委ね、彼女が私たちのエゴの先生であることを受け入れることはより簡単です。現代科学は多額のお金をかけて彼女をコントロールし操作しようと試みてきました。


統合のシヴァーナンダ・ヨーガはマインドの崇高な状態を得るための素晴らしい方法です。

・それはヨーガの伝統的な4つの道からのヨーガ的テクニックを日常生活において結合します。私たちはただ自分たちを、カルマ・ヨーガ、バクティ・ヨーガ、ラージャ・ヨーガ、ハタ・ヨーガの理論と実践、そしてヴェーダーンタ哲学とニャーナ・ヨーガの自己探求のテクニックに没頭させる必要があります。世界の中と外で生きるための道具:奉仕しなさい、与えなさい、愛しなさい、浄化しなさい、瞑想しなさい、悟りなさい。

・しかし、スワミ・シヴァーナンダが述べたことを覚えてください:「1オンスの実践は多くの理論と等しい!」。


練習しましょう!

1.仰向けで呼吸してリラックスします:シャヴァーサナのポーズになります。クッション無しまたはクッションをお腹に置いて腹式呼吸を学びます。クッションを用意してください。重いほうが良いです。

2.座って呼吸してリラックスします:椅子に座るか、床に足を組んで座ります。

3.肺の浄化のエクササイズ:座ったまま、カパラバティの呼吸法を学びます。

4.バランスの呼吸エクササイズ:息止め無しと有りの基本のアヌローマ・ヴィローマ(片鼻交互呼吸)を学びます。

5.仰向けまたは座ったまま、ヨーガの4つの道を適用したポジティブ・アファーメーションを用いて再び呼吸してリラックスします。

・カルマヨーガ

 呼吸してリラックス!全てのカルマが無私の奉仕になりますように。

 呼吸してリラックス!私の行為の結果から離れます。

 呼吸してリラックス!カルマから自由になるために私の思考と感情を浄化します。

 呼吸してリラックス!私は何もしていません。

 呼吸してリラックス!私は逃げていません。呼吸してリラックスしながら自分の義務を遂行 しています。

 呼吸してリラックス!私は分離を強めながら行為をすることをやめます。

・バクティヨーガ

 呼吸してリラックス!私は万物の中の神を愛しています。

 呼吸してリラックス!私は全てを神の意志として受け入れ自己を明け渡します。

 呼吸してリラックス!私は感情を昇華し、感情から離れます。

 呼吸してリラックス!私は純粋な愛で、全ての創造物に心を開きます。

 呼吸してリラックス!神への帰依心は、神を見るために物を超越して見ることを助けます。 世界の中で神を見ます。

 呼吸してリラックス!全ての感情的な自己同一視や執着から私は自由です。

 呼吸してリラックス!私は信仰心を持っています。私は謙虚で、自分のエゴを手放すことが 出来ます。

 呼吸してリラックス!私は他者と自分自身に対して思いやりがあります。

・ラージャヨーガ/ ハタヨーガ

 呼吸してリラックス!全てのポーズまたはアーサナにおいて私は努力から自由です。

 呼吸してリラックス!私はプラーナのバランスをとり浄化し、マインドを落ち着かせます。

 呼吸してリラックス!私の理解と知性はよりクリアになっています。

 呼吸してリラックス!この瞑想において、身体・マインドの分離感を解消しています。

 呼吸してリラックス!私はマインドにある思考から離れています。

 呼吸してリラックス!私は衝動性と反応的な傾向を落ち着かせ、思考をクリアにしていま  す。

 呼吸してリラックス!私はバランスがとれていて満ち足りています。自己を調和させるため にプラーナヤーマを練習します。

 呼吸してリラックス!私は積極的でも消極的でもありません。私は左脳でも右脳でもありま せん。

 呼吸してリラックス!私はストレスから自由です。私は自分の性格から自由です。

 呼吸してリラックス!私は論理的でも感情的でも、芸術的でもありません。

 呼吸してリラックス!私は男性でも女性でもありません。

 呼吸してリラックス!私は太陽のエネルギーでも月のエネルギーでもありません。

 呼吸してリラックス!私は外に探しに行くことや、内に隠れることはしません。

 呼吸してリラックス!私は蓮の花です。香りが良く、美しく、自由です。

 呼吸してリラックス!私は過去にも未来も言及しません。

 呼吸してリラックス!私は今ここにいます。私は現在において満ち足りています。過去の話 は手放します。

 呼吸してリラックス!私は永遠の魂です。存在することで全てを成し遂げます。私はひとつ です。

・ニャーナヨーガ

 呼吸してリラックス!私はリラックス中に自己探求を練習します:私は誰?。

 呼吸してリラックス!私は自分の身体とマインドから離れます。私は間違った自己から離れ ます。

 呼吸してリラックス!私は生きています、私は離れています。

 呼吸してリラックス!私は自分のレッスンを学んでいます。私は無知から自由です。

 呼吸してリラックス!私は変化する世界に直面しながら自分の真我を断言します。

 呼吸してリラックス!私は真我についての真実を断言し、マインドの中の投影された世界か ら抜け出します。

 呼吸してリラックス!私は全てから離れます。私は純粋な愛である真我です。それは否定で はありません。

 呼吸してリラックス!私は何も恐れません。

 呼吸してリラックス!私は自分のアートマンに神を見出しますー自分の生命についての真実 を見出します。

 呼吸してリラックス!私は万物、全ての状況、物事において純粋な意識です。

 呼吸してリラックス!私は第三の目、直観の目で見ます。内なる魂と共に直観的に見ます。

 呼吸してリラックス!私は万物の背景の統一を見ます。自分や他者、物事についての固定観 念を超越します。

 呼吸してリラックス!私は好きなものと嫌いなものを超越します。私はエゴが欲するものを 見ていません。

 呼吸してリラックス!私は外と内、こことあそこ、これとあれ、私と神、あなたと私、良い と悪いの分裂を調和させます。

 呼吸してリラックス!私は真我に宿りながら安定し続けます。何も私に触れることは出来ま せん、私に影響を与えることは出来ません。私は大丈夫です、完全です。大丈夫ではないと 思っていた時も私は常に大丈夫でした。

 呼吸してリラックス!私は私です。


6.導きのリラクゼーション:筋肉の緊張と弛緩や段階的な自己暗示を学びます。


目覚めてください。


要点:

コロナウイルスの時勢において主要な問題は何ですか?私たちの呼吸器系、吸い込む生命が脅かされていることです。

それに対処するためにできることは何ですか?自分の生命を肯定してください!私たちの生まれ持った権利を!もっと呼吸して、もっとリラックスしてください!世界の中にいて(呼吸)世界の外にいてください(リラックス)。

これは全ての問題への解決策です。

私たちは、全ての人々の健康と覚醒に自分たちの呼吸を捧げます。

オーム トラヤンバカン…

Hare Om Tat Sat.



# by sivanandatokyo | 2020-06-05 18:38

意識的な自己ヒーリングと地球のヒーリングのためのヨーガのガイドライン_d0250187_14412377.png

BY スワミ·シータラマナンダ 2020年5月7日


はじめに:

今日の話はヨーガの原理を用いた自己ヒーリングと環境のヒーリングについてです。ここでのヨーガという言葉が意味するものは、哲学的な伝統の背景のもとで全体論的に教えられる古典的なヨーガです。それは、多忙でストレスフルな環境で教えられる現代都市の商業的なエクササイズのヨーガではありません。これは、コロナウイルスの発生による公共と個人的な健康と免疫力の危機の文脈において適切なトピックです。どの世界的伝染流行の真っただ中で、アースデイ50周年をつい最近祝いました。また私たちは、地球温暖化や潮の満ち引き、干ばつ、森林火災や洪水などの形による母なる自然の訴えにますます直面しています。都会的で人工的な社会はますます病気になり、ドラッグや薬にさらに依存しています。プラーナがほとんど無い加工食品を食べ、肥満やガン、心血管系や消化器系の問題、そして最近では呼吸器系の問題などの健康問題を作り出しています。私たちのマインドは、周りの山や空、水、植物を経験する代わりに、セックスや暴力の乱れたメディアのシーンで満たされています。自然から離れている世界のリーダーたちや、短期的な利益によって動機づけられている会社が、私たちを平安や健康からますます遠ざけています。一般的に、私たちは外側に駆り立てられ、不安定さと空虚感を感じています。再び私たちは、個人の健康と公共の健康、地球の健康との調和についての古い考えやそれについて何ができるかを再考します。調和していない世界において自分自身のバランスをどのように整えるか?この危機的な世界においてどのように自分の信仰や希望を保ち、正しいことを行うのか?自然との全体の調和における暮らしのための哲学的で実践的な基礎を一緒に探っていきましょう。そして、私たちの間違ったアイデンティティや私たちが住む環境の間違った認識の根本にあるスピリチュアルな無知(アヴィディヤ)に向き合いましょう。

今日の話には幾つかのセクションがあります:

  1. 伝統的なヨーガによると健康とは何か?ヒーリングとは何か?自己ヒーリングとは?
  2. 身体的・精神的・スピリチュアル的不健康の根本原因を対処するために、従うべき原則と控えるべき行為は何か?
  3. 自分のエネルギーと身体・マインド・魂の健康を改善するために取り入れるべき行為は何か?
  4. これらの原則を自然環境にどのように適用するのか?自然の世界とその背景の宇宙の魂とどのように私たちは調和するのか?環境のために、私たちが従う制約と遵守事項の幾つかの例を見ていきましょう。
  5. ヴェーダーンタ哲学を自然環境に適用する。内側と外側の現実の間に違いはあるのか?個人的そして集団的エネルギー?物質的な宇宙と魂をどのように調和させるか?分裂、分離、統一の欠乏の問題をどのように解決するか?多様性の中の統一をどのように実践するか?


1.健康とは何か?

スワミ・シヴァーナンダは仰いました、健康の法則と自然の法則、それらは破られるべきではありませんと。マインドと身体には密接なつながりがあると仰いました。そして、すべての病気はマインドに起因します。身体に影響を及ぼす痛みは第二の病気と言われます。一方で、マインドに影響するヴァサナは精神的・第一の病気としてとらえられます。もし悪い思考が破壊されれば、すべての身体的病気は消え去ります。マインドをまず扱いなさい。精神的健康は身体的健康よりも大切です。

アーユルヴェーダは言います、病気の主要な原因は魂としての自分の本質を忘れることであると。つまり、私たちがそれを忘れると、自分自身として身体とマインドの乗り物と自己同一視し、ライフスタイルもしくは幸せへの道について間違った選択をしてしまいます。そのようにして、病気に導くストレスや緊張を自分たちにもたらしています。ヨーガはホリスティックなヒーリング(身体・マインド・魂のヒーリング)について話します。


ヒーリングとは?自己ヒーリングとは?

ヨーガは、プラーナの自由な流れや自分たちの波動のレベルを変えることについて話します。アーユルヴェーダは、自然に戻りながら、調和と健康を回復させることについて話します。ヴェーダーンタは、最終的な真実としての真我(アートマン)を思い出すことや、身体やマインドが現実として思いつくものに対して無執着の態度を持つことについて話します。ヒーリングとは、身体とマインドとの絶え間ない自己同一視において自分自身を忘れることに終止符を打つことです。ヒーリングとは、私たちは、身体を含める万物の背景にある純粋な意識であることを悟ることです。ヒーリングとは、分離していることと自己同一視するのを止め、ワンネス(一体性)をみることです。ヒーリングとは、自分たちの乗り物と自己同一視することを止め、意識のヴェール(私たちの身体、プラーナ、マインド、感情、感覚、知性、エゴ)を通して見ることです。同時に、ヒーリングとは自然とのつながりであり、テクノロジーにただ溺れることではありません。ヒーリングの旅は長い道のりです。その旅路において、自己を認識している先生や自分自身で平安への道を見つけ出したリーダーが必要です。自己ヒーリングとは、自己実現、自然と自然の魂との神聖な繋がりを悟ることです。つまり、真実に近づくために自分自身の意識とライフスタイルを変えることを意味します。その反対は、習慣や過去のマインドの癖に道を見失うことや、外側の幸せの絶え間ない探求における落ち着きのなさや欲望に道を見失うこと、さらに進歩しているテクノロジー的社会におけるさらなるパワーの約束に道を失うことです。意識的な自己ヒーリングのためのヨーガ的ガイドラインは、私たちの考えや孤独感を正し、苦しみをやわらげ、自己の認識や他者の愛においてより明晰になることを助け、真の健康、平安、自己実現へ私たちを近づけます。

自己ヒーリングの成功は、カルマの鎖を切り抜けることが出来るときに可能です。つまり成功とは、私たちを縛る行為の同じパターンを繰り返さないように自分たちを抑制できることです。私たちが幸せではない理由はマインドの変動と、その不健康なパターンを常に再生することからもたらされます。マインドは、過去の経験を通して得た思考や感情を投影し続け、それらに反応します。そのようにして、それ自身の創造物の蜃気楼に私たちを縛り続けています。私たちは、自分のマインドと感情のローラーコースターを経験し、自分自身の平和で、愛のある、幸せな、現在の、至福に満ちた真我でいる価値のある、満たされる経験の機会を失っています。


ヨーガの基礎:ヤマ(制約)とニヤマ(遵守事項)

ヨーガのマスターは意識的な自己成長のため苦しみへ私たちを導く私たちのパターンを繰り返さないように、間違った行為をしないように自分を守ること(ヤマ);もうひとつは、積極的にポジティブな態度や役に立つ行動を培うこと(ニヤマ)です。そうすることで、「してはいけないこと」と「するべきこと」の両方側からマインドの不純物を絞りだし、マインドを正していきます。

純粋な状態のマインドは、全ての状況において、自分自身や他者の中に私たちの美しい真我またはアートマンを映し出すことができます。マインドを浄化することで、浮き沈みや内側の混乱や対立を緩和し、自由を感じます。さもなければ、自己を思い出そうともがき、心の混乱や忘却にエネルギーを費やしてしまいます。さらなる真我の忘却がなくなり、平安な存在においてリラックスするときに、その理想は達せられます。

ヤマとニヤマは普遍的なガイドラインです。それに従うことで、長期的に私たちの暮らしが向上し、自分たちのカルマ的傾向や性格の欠点、悪い習慣から生じる障害物を取り除くことができます。これらのガイドラインは私たちの根本的な自己中心的で貪欲な性質を対処します。ある人は、ある性格の欠点が他よりも顕著であることを見つけるかもしれませんが、一つのことに取り組むことは他のものにも光をもたらします。誰も自分自身に取り組むことからは免除されません。同じように、全ての人が交通規則に従うことを期待します。ヤマ(制約)とニヤマ(遵守事項)は、思考、言葉、行為において意識的に実践されるべきです。しかし、これらの自己ヒーリングのガイドランが、堅い倫理的ルールとして解釈されないように認識することが大切です。真実において、真我は一つです。肝心なことは、無数の表現において私たちはひとつの普遍の魂だということです。                 


2.身体的・精神的・スピリチュアル的不健康の根本原因を対処するために、従うべき原則と控えるべき行為は何か?

・ヤマ:制約(するべきではないこと)

1/アヒムサアヒムサは怒りの感情をコントロールする練習です。怒りは自己中心的な欲望もしくは満たされない期待からもたらせれます。自己中心的な欲望は、真我において満たされていることを認識できないことや、外側の対象物や状況に幸せを探すことから生じます。アヒムサとは、自分の欲望が満たされないときに怒る反応的な傾向や、他者を罵り、対立や戦争に発展する傾向から自己を抑制することです。

ラージャ・ヨーガの怒りの取り扱い方:怒りへの対策は知足、期待を手放すこと、「それは私の意志ではなく、神の意志だ」ということを受け入れること。非暴力の練習には、落ち着きさ、勇気、自己コントロール、自己統制、心の平静の実践が必要です。アヒムサの実践は、心の良い質を発達させ、慈悲や優しさ、他己的、忍耐力、寛大さ、純粋な宇宙の愛、思いやり、諦めずに続けること、平安を発達させます。アヒムサを実践すれば、耐えることができる、ポジティブで、愛のある人間関係を維持することができます。重要なことは、人は暴力的にまたは自己中心的にならずに無私の精神で、ダルマー正義に沿って行動することができるということです。

カルマ・ヨーガの方法:自分の要求や欲望、自己中心主義に暮らしを基づかせる代わりに、愛と平等な見方を発達させるために他者を奉仕します。

バクティ・ヨーガの方法:安心できる、満たされている神聖な愛と繋がります。それぞれの人のための神の計画を信頼し、神の計画に身を委ねます。神聖なる母、神、自然、宇宙を熟考し、讃えます。受け入れることを見つけます。聴くこと、与えること、奉仕すること、謙虚さの練習、プライドを取り除き、帰依心を培い、全てとの友情を育みます。

ニャーナ・ヨーガの方法:自己探求をします。欲望を超えたサット・チット・アーナンダであるアートマンを思い出します。識別をして、苛立ちをもたらす状況から離れます。全体像をとらえます。

2/サティヤ:サティヤとは誠実さです。それは自分や他者の見解において、自分たちの目標が達成されないことへの恐怖心を扱います。恐怖心は執着からもたらされます。もし執着をもっていなければ私たちは何も恐れません。事実、外側のものー名声や位置、権威、愛などを得ることや失うことはできません。なぜなら、自分自身で既に完全であり、既に私たちがあるものよりさらに素晴らしくなったり、小さくなったりすることは出来ないからです。サティアを適用しながら、自己中心的な目標を達成するために誇張したり、他者を操ったり、嘘をつく傾向を抑制します。誠実さ、正直さ、率直さはマインドをシンプルにしクリアにすることを助け、そうすることで内なる平安を達成します。純粋さ、平安、真実は類義語です。真実は、正義や公平さ、調和、アヒムサ、無害、寛大さ、偏っていないこと、透明性、欲望のなさ、謙虚さ、優しさ、放棄、崇高さ、帰依心、思いやりなどの形でもたらされます。

真実の反対は、裏切り、嘘をつくこと、不正直、誇張、ゆがめる、自己中心主義、嘘、歪んだ、操る、意地悪、猫かぶり、卑怯、恐怖、勇気の無さです。

誠実さの利得は:健康、怖れの無さ、自由、明晰さ、知恵、強い信仰と不安の無さ。嘘と怖れながら暮らすことはプラーナの流れを塞ぎます。

ラージャ・ヨーガの方法:マインドの全ての概念を超えた内なる真実を見つけるために、八支則を通してマインドを落ち着かせ、クリアにします。

バクティ・ヨーガの方法:率直そして謙虚になりなさい。神の意志に委ねなさい。誠実で美徳な人々とのサットサンガを育みながら、愛と信仰を保持しなさい。私たちが欲するものではなく、私たちにふさわしいものまたは必要なものを神が与えてくれると信じます。償いや許しを請う白状、真実である真我の源に近づく謙虚な努力。

カルマ・ヨーガの方法:行為者としての認識を明け渡し、行為の結果を捧げ、成功もしくは失敗において揺るがないことは、嘘へと導く恐怖心や不安を取り除きます。動機は純粋であり続けます。

ニャーナ・ヨーガの方法:儚い利益の性質を問いなさい。マインドの執着や、好き嫌いの傾向を観察しなさい。真実と真実でないもの、現実と錯覚、真我と真我でないものを熟考し、識別しなさい。それはヒーリングの始まりです。


3/ブラフマチャリアブラフマチャリアとは、感覚的そして性的な衝動のコントロールまたは昇華であり、欲望と性欲の感情を扱います。ブラフマチャリアの練習を通して、人生のゴールとして感覚的喜びを探求する傾向や、スピリチュアルなエネルギーに転換できる性的エネルギーを間違って使う傾向を抑制します。このガイドラインは、性的非行を避け、衝動を統制し、自分の動機を問うことを私たちに教え、人間の交流に明晰さを用いることを助けます。他者との付き合いにおいてブラフマチャリアを適用しながら、自分たちの感情的・欲望的性質を帰依心と純粋な愛に基づく神との満たされる関係性へと変容させることができるようになります。

性的な本能は、生殖本能から生じる最も強い本能です。それは種を残すための性的行為へと人を不随意的に駆り立てます。現実、それは人の中の創造の力です。ラジャスから生じます;性的エネルギーは、純粋な思考によってスピリチュアルなエネルギーへと変容されることができます。ブラフマチャリアの練習は、アヒムサとサティアと共に実践されるべき、純粋さの練習です。それはダイナミックな転換のプロセスであり、抑圧ではありません。生殖のエネルギーはオージャス・シャクティまたはスピリチュアルなパワーに変容されます。

真実は情熱があるとこには宿りません。アートマンは中性です。

ラージャ・ヨーガの方法:正しい食事、アーサナ、プラーナヤーマ、感覚を内に向けること、崇高な思考への集中、瞑想、ジャパ、礼拝によって、性的なエネルギーはオージャス・シャクティへと転換されます。

バクティ・ヨーガの方法:自分の純粋な理想像への強い帰依心によって、統一への欲望のエネルギーは純粋な愛へと昇華されます。

カルマ・ヨーガの方法:理想的な神聖な愛する者への奉仕に自己を捧げることによって、欲望を満たすためのこの本能的な自己奉仕のエネルギーを、より大きな全体のために良いことをする無私の衝動に高めることができます。

ニャーナ・ヨーガの方法:他者を自分自身の真我として見ることによって、望ましいつがいの考えから離れることができます。純粋な知性の洗練された発達を通して、多くの人生によって蓄積された本能的なマインドの癖とアートマンを識別することができます。純粋さの練習は、超感覚的なアートマンの至福を私たちに経験させてくれます。真我の回復へと導くマインドと感情のヒーリングは、情熱を落ち着かせることからいつも始まります。


4/アステヤ:不盗、自分に属さないものをとらないこと

それはまた欲張らないことでもあります。それは嫉妬や羨ましさへの私たちの傾向を扱います。このガイドラインを守ることは、欲望に負ける傾向や、物質的な欲望を満たすことが人生のゴールだと信じる傾向を抑制します。私たちににもたらされるべきものは、自分たちによる操作や介入なしに、自分たちのカルマやメリットによって自然ともたらされるということを知ることで、知足を感じることができます。

ラージャ・ヨーガの方法:シンプルな暮らしに満足し、あなたの恩恵を信じ、取ることや盗むことの代わりに与えることを練習しなさい。

バクティ・ヨーガの方法:誰かの幸せを自分のものとして見なさい。良い人間関係と純粋な愛を保ちなさい。エゴを明け渡しなさい。

カルマ・ヨーガの方法:自分のカルマを受け入れ、自分の義務を行い、結果を手放しなさい。誰かのカルマより自分自身のカルマに取り組む方が良いということを理解しなさい。

ニャーナ・ヨーガの方法:全ては永遠ではなく、欲望は錯覚的で変化していることを知りなさい。


5/アパリグラハ

アパリグラハとは、蓄積しないこともしくは賄賂を受け取らないことを意味します。それは貪欲さへの私たちの傾向を扱います。このガイドラインを守ることは、私たちがさらに所有すればするほど、より安心安全が約束されると信じる傾向を抑制します。それはさらに、自分たちの魂を物資的な生活に失わないことや、物質的な所有物に対する無執着の態度を培うように私たちを促します。シンプルな暮らしを送ることは、魂を軽い、離れた、独立した状態に保ちます。それはまた他者との関わりの中で、他者が私たちの弱点を賄賂によって操作しようとするときに、私たちが強く自由になれるように助けてくれます。

ラージャ・ヨーガの方法:貪欲の反対は、チャリティー、苦行、犠牲、シンプルさ、放棄です。気を散らすものを避け、規律と集中を保つことは、好きなものに溺れる傾向を抑制するのを助けます。

バクティ・ヨーガの方法:安心する満たされた神聖な愛に繋がりなさい。昇華の方法は、スピリチュアルなもしくは人道的な機構に施すことです。

カルマ・ヨーガの方法:虐げられている人々、貧しい人々、孤独な人々、忘れられている人々を活動的に助けなさい。

ニャーナ・ヨーガの方法:パタンジャリは仰いました、「貪欲さの克服は、人を人生の本当の意味と、誕生の目的の知識へと導きます。誕生の目的は自己実現であり、物質の中に魂を見出すことです。物質の蓄積や魂への無関心さはこの真実から私たちを遠ざけます。


3.自分のエネルギーと身体・マインド・魂の健康を改善するために取り入れるべき行為は何か?

・5つのニヤマ:遵守事項(守るべきことまたはするべきこと)

1/サウチャ:サウチャは純粋さです。この遵守事項は、身体やマインド、外側の環境の不純物を打消し、真我とのより深い接触をもたらすことを助けます。私たちの目を覆うもののような感情と思考を浄化することで、よりクリアに見て真の認識を得はじめることができます。

ラージャ・ヨーガの方法:ヨーガ的生活の5つのポイントの実践(アーサナ、プラーナヤーマ、リラクゼーション、食事、ポジティブな思考、瞑想)はサットヴァを養い、マインドと心を浄化します。

バクティ・ヨーガの方法:帰依心と謙虚さは心を浄化し、純粋な愛をもたらします。帰依心と愛は、嫌悪感や罪悪感、悲しみを打ち消すことを助けます。

カルマ・ヨーガの方法:無私であることは、エゴやその好き嫌い、執着と嫌悪を浄化します。あなたと同じ問題を抱えている人々を助けることによって、見方を得て、真我の価値の感覚を再び得ることができます。

ニャーナ・ヨーガの方法:罪悪感や羞恥心、悲しみの感情に私たちは自分を見失います。しかし、難しいかもしれませんが、純粋なもの、輝くもの、限りないもの、汚れていないアートマン、どんな出来事や不純物にも影響されないそれを思い出しなさい。過去を許し、現在に強くいなさい。マインドは歪み、真我や現実を見るためには不完全な道具であることを覚えておきなさい。それ自身の不純物に執着している間違った自己、エゴを覚えておきなさい。自己を忘れないように。内に向き、自分自身を思い出しなさい。これは暗闇を取り除き、光をもたらします。


2/サントーシャ:サントーシャは知足です。この練習は外側に幸せを探し求める傾向や、恩恵を考慮せずに人生における自分の運命に不満足でいる傾向を打ち消すのを助けます。サントーシャの練習を通して、神の恩恵は常に私たちと共にあることに気づき始めます。

ラージャ・ヨーガの方法:ヨーガ的生活の5つのポイントは落ち着きのないマインドを落ち着かせ、それを内に向けることを助けます。集中と瞑想はマインドの活動を弱くします。

バクティ・ヨーガの方法:神の叡智を讃え、全ての面倒は見られていることを知りなさい。神の意志に身を委ね、全てをプラサードとして受け入れなさい。

カルマ・ヨーガの方法:自分よりも不運な人々に奉仕し、自分よりも病気な人々のことを考えなさい。これはマインドを満足し続けます。

ニャーナ・ヨーガの方法:世界全体を自分の家として、自然の富を自分の富として見なさい。「私」と「私のもの」を取り除きなさい。そうすれば、あなたは満たされます。


3/タパス:タパスとは苦行です。この練習は、身体とマインドの快適さを人生のゴールとする考えを抑制するのを助けます。マインドと感覚によって支配されている感覚的な制限された生活における拘束を避けるのを助けます。タパスはマインドと感情に対する優越性を断言するのを助け、私たちを解放し、魂に権力を戻します。マインドを内に向けるための自己規制の全ての練習はタパスです。封鎖中の世界はタパスを練習しています。タパスには多くの形があります。中傷、誹謗、迫害、不快さ、倦怠感に耐えることは全てタパスの形です。

ラージャ・ヨーガの方法:ラージャ・ヨーガの全8支則はタパスの訓練として捉えることができます。瞑想はタパスの至高の形です。

バクティ・ヨーガの方法:純粋な愛のために感情をコントロールし続けることは感情のタパスです。疑いや忠誠を変えることの代わりに、信念や忠誠心を保つことは精神的なタパスです。聖典を聴くこと、マントラのチャンティングはタパスです。

カルマ・ヨーガの方法:常に、意欲的に全てに奉仕することはタパスです。奉仕の必要性に自分を適用させることはタパスです。それを好きか嫌いかに関係なくどんな奉仕もすることはタパスです。

ニャーナ・ヨーガの方法:自己探求において注意深さを保つことはタパスです。識別、無執着、自己を覚えることは全てタパスの形です。


4/スワディヤーヤとイーシュワラ・プラニダーナ:自己学習と自己を明け渡すこと

スワディヤーヤとは、聖典の学習です。これを行うことは、自分が見えるものや自分について他者が話すことのみを真実だとする考えを抑制するのを助けます。反対に、聖典は通常の認識を超越した現実を私たちに伝え、真我を讃えます;真実の探求において私たちにインスピレーションを与えます。

イーシュワラ・プラニダーナとは、神もしくは至高のパワーに自己を委ねることです。自己を委ねることは、自分たちがベストで最上位にいるという思い込みや、自分たちが全ての権力を持っているという思い込み、自分の人生をコントロールしているという思い込みを抑制してくれます。マインドのこの自己中心的な歪みのために、好きでないものを受け入れたりそれに対して適応する必要がないので、全体像を見ようとする代わりに非難し憤慨します。自己を明け渡すことの練習は、受け入れることを実践したり全ては理由があって起きていることを知ることで、私たちのカルマに取り組むのを助けます。


4.これらの原則を自然環境にどのように適用するのか?自己ヒーリングと地球のヒーリングの関係性は?環境のために、私たちが従う制約と遵守事項の幾つかの例を見ていきましょう。

ヨーガの練習を通してもたらされるプラーナは、自分たち同様に自然環境へもヒーリングの効果があります。自己ヒーリングと地球へのヒーリングは同時に起こります。ヨーガの枠組みであるヤマとニヤマは、自然環境のとムーブメントのためのスピリチュアルなガイドラインになり得ます。ヨーガは生命力を取り入れた統合的な方法に貢献し、地球の浄化(サウチャ)のプロセスにおいて援助します。人々がさらに静止し知足を感じ(サントーシャ)、耽溺さと弱さが軽減し自然と協力できるようになり(タパス)、物事の相互依存をさらに認識し(聖典の学習を通して)、そして至高の存在に身をゆだねることによって私たちの種を宇宙のマスターとして考えなくなります(イーシュワラ・プラニダーナ)。

私たち自身を高め、ヨーガ的原則に自分を整えることで、集団として責任をもって尊重しながら行動することができます。環境や他者に害をもたらすことを避け(アヒムサ)、万物のワンネスの真実へ近づき(サティア)、自分の欲望や情熱をコントロールし(ブラフマチャリア)、自分に自然にもたらされないものを取らずに知足や尊敬を持ち(アステヤ)、そして最も重要なことが、多くの環境的有害な活動の根本原因である貪欲さを抑制することです(アパリグラハ)。これらのより高いサトヴィックなエネルギーを取り入れることや、ラジャシックやタマシックなエネルギーから離れることによって、ヨーガは世界を救う可能性を持ちます。世界的な封鎖中に報告されたもので最も注目すべきことは、都市の汚染が削減されていることや(ヒマラヤ山脈がデリーから見えます!)、野生動物の出現です。

ヨーガのムーブメントが、ただの自己のためのエクササイズから、私たちのライフスタイル、食事や睡眠、娯楽や消費の意識的な改善へと動いていることを願います。ヨーガとアーユルヴェーダのライフスタイルは、要素を通してプラーナの供給を高める方法や、自分自身のバランスの整え方についての意識を高めることによって、全ての人々を自動的に自然な方法の自己ヒーリングに繋げます。人々がベジタリアンの食事に従い、動物への残虐さをや自然環境の搾取を止めるときに、自動的にヨーガとアーユルヴェーダのライフスタイルは環境への影響を削減します。ヨーガ的ライフスタイルはシンプルさと自己規制に価値を置き、自動的に私たちの消費の仕方や消費社会による超過に影響を与えます。封鎖の期間が、より多くのものへの欲望や要求を抑制することを助け、必要最低限のもので生存でき健康で幸せになれることを私たちに気づかせてくれることを願います。何が「重要な」要求で、何が「重要ではない」のかについての意味を熟考する必要があります。

伝統的ヨーガの先生やアーユルヴェーダのライフスタイル・カウンセラーは、人工的な生活から離れること、自然や地球に戻ること、郊外の美しい自然の中のアシュラムやリトリートでのシンプルな暮らしと高い思考、自給自足、畑仕事、オーガニックガーデンで自分の食べ物を生産することを促進できます。


ヤマとニヤマに従い、環境にポジティブな影響をもたらすために私たちが出来ることの例:

・ヤマ

アヒムサ:環境を傷つけることを避け、ベジタリアンのライフスタイルを取り入れ、運転や飛行、移動を減らす;地元のオーガニックの食べ物を買う、もしくは自分でつくる。減少、再利用、リサイクル、コンポスト、大量に買う、包装を避ける

サティア:日々の自分の選択を考察することによって、思考、言葉、行為において出来る限りエコ的な考慮を徹底する。

ブラフマチャリア、感覚に溺れないことや禁欲:消費への欲望の基礎は生殖本能です。問題は、私たちは生殖成功率に常に不満なために、十分な生殖成功率が得られないということです。これらの本能が私たちの先祖の生存や生殖成功率の獲得を助けたので、人々は無制限の富や地位、権力を欲します。私たちは満足するために、自分がどう感じるかに頼ること(自然にくるものを行うことによって)はできません。現代社会のイノベーションは、富や地位、権力のための競争を強化し、貪欲さや犯罪、悲しみ、嫌悪、失望、憂鬱、環境的破壊を引き起こしています。

アステヤ、不盗:どのようのに私たちにそれが届き、結果として何が破壊され、どのように未来の世代を含む他者から取っているのかについて考えずに、単純に自分が必要だと思うものを取ることは盗むことです。科学的な評価に沿って、健康的な、エコな、倫理的な商品を見つけるようにしましょう。例:www.goodguide.com 全ての商品が、健康、環境、社会のスコア110を与えられています。

アパリグラハ、貪欲にならないように:シンプルな暮らしを送り、ものを蓄積することを避け、片付け、使わないものはリサイクルしましょう。

・ニヤマ(遵守事項)環境に適用する:

サウチャ、清潔さと純粋さ:内側と外側両方。私たちは自分たちが食べるもので成り立っています。なので、出来るだけ新鮮でオーガニックな食べ物、好ましいのは自分で育てたもの、または近郊で採れたものを食べるようにします。海や地上、私たちの環境をきれいにし、ごみを減らし、リサイクル出来ないごみを出さないようにしましょう。

サントーシャ、知足:過剰な消費を避けましょう。商品どうしの錯覚的な違いに陥ることを避けましょう。自然から与えられたものを受け入れ感謝しましょう。地元の季節の食べ物を食べましょう;あなたの地元のハーブを知りましょう;洗濯物を乾かすために太陽が出てくるのを待ちましょう;晴れの日の豊富なパワーに感謝し、曇った日に電力を必要とする行動を避けましょう、晴れの日には太陽光のオーブンを使って料理しましょう。

タパス、苦行:苦行とは、感覚器官の強欲な要求を抑えることです。断食。地元の季節のものだけを食べること。エアコンを使う代わりに季節の気温変化に適応する。便利だが環境には悪いペットボトルの水は避けましょう。

スワディヤーヤ、自己学習と聖典の学習:私たちの集団的な間違った行為やカルマ的痕跡をさらに認識しましょう:物がどのように生産され、商品化され、消費され、ごみにされまたリサイクルされているのかを学び、代わりになるものを見つけるようにしましょう。

イーシュワラ・プラニダーナ:謙虚であり続け、自然の中の物事の相互関係を認識しましょう。全てにおいて神の意志に身を委ね、尊敬をもって、自然の中の神聖なる母のパワーとの調和しながら暮らしましょう。無視された、孤立した、自己中心的な、認識のない、感覚的な、帰依心のない、人口的な暮らしを自分たちに意欲的にもたらす代わりに。万物の中に存在する意識のより高次なパワーを悟りましょう。それとの繋がりを保つことや、平安と知足を見出すことは、ヨーガ的エコな暮らしのへの鍵です。


5.エコな生活のためのヴェーダーンタ:

生命の統一を思い出しましょう。多様性の中の統一。自分たちの傾向を繰り返すマインドの癖を覚えておきましょう(これに関して、ヤマとニヤマが行為の癖を再構築する上で助けとなります)。反応の同じサイクルに私たちを留まらせる認識の錯覚的質を覚えておきましょう(ロープを見る代わりに蛇を見る話)。私たちはサット・チット・アーナンダであるアートマンです。被害者や消費者、分離しているものではありません。平安で、強力で、神聖な意識によって常に支えられていて、自立し、自己で光り輝く真我です。環境に適用されるヴェーダーンタ哲学は、私たちの健康と自然や他の生き物の健康を持続可能に繋げるものです。内側と外側の現実に違いはありません。あるものを高めることで、他のものも高めることになります。自己に対して意識的になることで、環境を高め地球を癒すことができます。もし地球の面倒をみれば、自分たちの面倒も見られることになります。個人の努力は集団的なエネルギーに影響し、集団的な認識は個人の努力に影響します。ヴェーダーンタ哲学は、個人と集団的な苦しみの根本原因に取り組み、その根源であるスピリチュアルな無知を認識することによって、グループ間や国家間の分離や統一の欠如の問題を解決します。私たちの苦しみの根本原因は、自分の文化や、国境、政治的統治者、ジェンダー、人種との間違った自己同一視と共通のワンネスを忘れていることです。

ヨーガとアーユルヴェーダのエコ的・地球的重要性を広めることは私たちが取り組まなければいけない真のミッションです。これは今全ての人に良い効果をもたらします。未だに封鎖下にある都市だけではなく、私たちの将来の世代にも良い影響をもたらすでしょう。この時勢において、高い思考とシンプルな暮らしのガイドラインとしてのヤマとニヤマを実践しましょう。思いやりをもち、寛大になりましょう。ヨーガやアーユルヴェーダ、ヴェーダーンタを大衆にもっと教えましょう。神聖なる母から受ける優しさやサポートに感謝しましょう。お互いや全ての生き物を、同じ地球や空、水を共有している兄弟姉妹として見ましょう。多様性の中の統一を祝いましょう!



# by sivanandatokyo | 2020-05-29 14:42

By スワミ・シタラマンダ 2020年5月6日

カルマからダルマへー どのようにカルマ的状況をあなたの人生のミッションに転換するか_d0250187_08582414.png



はじめに:

今日のトピックは複雑です。自分たちがどんな状況に置かれていても、人生に意味を見出す方法について話します。カルマとダルマの2つの言葉の意味が問われます。視聴者の皆さんがこれについて同じ理解を持っているかわからないので、カルマとダルマについて詳細を少し見ていきます。古代のヨーガ的哲学によって私たちの存在の原因と、人生を最大限に活用するために何をするべきかについて説明します。私たちは、この広げられた見方によって賢くなるために全体像をとらえる必要があります。

コロナウイルスの世界的流行の脅威において、この危機的状況において、生き残りのモードに戻らなければいけないので、そのような問いは無駄に見えます。しかし特にこの時勢に、私たちは新しい基礎や方法を見つけることに焦点を当て、違う風に自分を再調整し、新しいテリトリーや自分自身や自分の潜在能力についての新しい可能性を発見する必要があります。


カルマとは何か? どのようにカルマは働くのか?

カルマは欲望からもたらされます。カルマとは行為と行為の結果です。考えることは行為です。全ての思考は反応をもたらします。現在にもたらされる過去の結果として今生を経験します。カルマは因果の法則です。あるカルマ(もしくはカルマ的状況)はポジティブに見え、他のものはネガティブに見えます。カルマについての理論は、因果応報を説明します。良い行為はそれ自身の結果をもたらし、悪い行為はそれ自身の結果をもたらします。この世界に偶然やでたらめなことはありません。これは残酷に見え、異議を唱える人もいるかもしれません。なぜある人々はコロナウイルスによって今亡くならなければいけないのか、ある人は前線で他者を助けて犠牲になったり、ある人は非難する場所がなかったり、ある人は病気と戦うための全ての医療処置への支払いができるのか。


人生の困難の根本原因

ヨーガ哲学によると、人生は死では終わりません。今生を超えたところからもたらされているかもしれない私たちの困難や運の原因をより深く見る必要があります。因果の法則は、適用されるととてもシンプルです:現在平安や健康を味わっているのは、ある時に誰かの平安や健康に貢献したからです。孤独によって苦しんでいるのは、誰かに孤独をもたらしたからです。

利己的になり生き残ることもしくは、慈悲深くなり謙虚になり命を犠牲にすることとの選択肢のような状況に直面する場合、それは過去にそのような状況に置かれたとき、いつも前者を選んできたからです。違う選択をするために、この同じ選択肢を何度も与えらています。同じように、嘘をつくことや状況を操作することが自分の有利になると感じる時、正直さと誠実さを選び、倫理的な行為をし良い人格を持つことにおいて強さを見つける必要があります。彼らの人生により物質的な快適さをもたらすために他者を純粋に助けることは、良い運の恩恵としてあなたの人生にあらわれるでしょう。


自分の人生と選択に責任を持ちなさい

カルマは仕事やプライベートな生活において違って働くことはありません。また集団的カルマもあります。あなたは、ある時代に、ある社会に、テクノロジーの発達のあるレベルに生まれます。すべては相互に関連しています。仕事において人格を改善することによって、家庭での幸せが向上されます。家庭での人間関係を改善することで、エネルギーがより良く流れるので、ビジネスが向上します。

既に与えられたもので満足することを培うことは、さらに欲することの絶え間ない落ち着きのなさのカルマからあなたを解放します。自由に寛大に与えることは、さらなる富をあなたにもたらします。出し惜しみは反対に、十分ではないという不足の感覚をもたらします。心からくる純粋な動機を保つことはマインドの永久の平安をもたらします;一方では、時々頭に従い、心は困惑や分裂、未来の問題をもたらします。悪口やゴシップを避けながら賢い人からのインスピレーションを探求することは、あなたの成功の鍵となる支えてくれる人々を惹きつけます。同じように、ネガティブさや分裂性、競争相手や同僚を打ち負かすことは、ストレスと恐怖心の形であなたに戻ってきます。柔軟さの欠如やコントロールへの欲望は、あなたが絶対にコントロール出来ない状況をより多くもたらします。しかし、コントロールへの要求を手放すことや、より微細な力を認識していないことに気づくことは、創造物の相関関係や自己調整の性質への見識を与えます。実際全ては完全です;私たちがいつもそれを見れないでいるだけです。この真実への信念を培うことは素晴らしい平安とリラクゼーションをもたらします。


今生における12のカルマの分野

自分のカルマと自己同一視すればするほど、あなたのカルマはより現実になります。それから自由になるためには、それを知らなければいけません。そしてそれと自己同一視しなくなります。相互に関連した12の分野のカルマがあります。

1.身体:

身体はカルマ的レッスンが学ばれる戦場であると言われています。カルマの種から、身体とマインドが生まれます。

身体と共にジェンダーに関する特定の心理状態を受け継ぎます。

あなたが生まれるとき、ある人種や文化に属する身体に生まれます。集団的カルマはそれと共にもたらされます。白人や黄色人、黒人に生まれます。生まれる時代に左右されながら、カルマ的状況はそれと共にもたらされます。

またあなたは生まれた瞬間に、ある量の生命力を受け継ぎます。ある人は多くの生命力を持って健康に生まれ、ある人は弱く、あまり健康でない状態で生まれます。ある人は行為をもたらす火の要素の体質で生まれ、ある人は感情をもたらす水の要素を持って生まれます。身体とのカルマはすでにあります、男性、女性、強い、弱いなど。

2.家族、親族、資源

家族、親戚、若いときに一緒に暮らす人々のカルマがあります。支えられているまたは支えられていないかもしれません。あなたがしていることに関係なく、お金を持つまたは持たないカルマがあります。

3.コミュニケーションにおいての能力や自分の意志に関するカルマ。兄弟姉妹との関係性

4.人間関係のカルマ、感情的な心と幸せ、母親、家庭、家、資産に関するカルマ

5.子供とのカルマ。物理的子供もしくは抽象的な形の子供である創造性

6.健康と病気、困難についてのカルマ

7.難しいまたは簡単な、パートナーとのカルマ

8.隠れた不可視の難しいカルマ。スピリチュアルな見識の領域である魂の内にあるエネルギーまたは死に関連する。

9.グル、スピリチュアルな先生、父親、ダルマ、信仰に関するカルマ

10.仕事、キャリア、名声、社会地位に関するカルマ、挫折感をもたらす場合や満足感をもたらす場合がある

11.友人、コミュニティー、得るものに関するカルマ

12.失うもの


これらの様々なカルマにおいて、あなたはそれから離れ自己を見出さなければいけません。

人間関係、仕事、得るもの、失うもの、家庭、社会、創造的な知性、感情において、カルマの働きを観察し、それを通して自分のアートマン、真我を見出さなければいけません。

人生の様々な分野において、他者の中にあなたの真我を見出さなければいけません。


カルマ、運命、自己努力

人生において、制限はありますが、私たちは常に自由な選択肢をもっています。今生とその状況は過去生の思考や行為の結果だと言われています。今日起こることは既に決まっています。いつから、そして物事がどのように現れるのかはわかりません。しかし、これは宿命論的な見方ではありません。反対に、今生での困難は成長や未来の成功のための機会だということを覚えておきます。

私たちには自由な意思がありますが、自分たちの選択についてよく考える必要があります。そうすることで、私たちの行為が自分たちを苦しみではなく平安や幸せへと導きます。過去の習慣に従って行動し、自分の性格や態度を変える力が無いとき、実際私たちは自由ではなく縛られています。ヨーガはマインドをコントロールすることや、真我を悟ること、意識的になり自分の選択について賢くなることの自己努力を教えてくれます。そして最終的には、同じ間違いを生産する傾向から私たちを自由にします。


カルマの管理とは:

1.現在の義務を大切にする

2.総合的・最終的な自己成長を見守る

3.人生における全てのテストや困難、試練を一時的なものとして受け入れる


良いカルマや悪いカルマはありません。全てのカルマから自由になりなさい。

人生は困難だけではなく、良いことも悪いことも起こります。人生は良いカルマと悪いカルマのコンビネーションです。

私たちが願い欲するものに沿った好都合な状況があり、私たちがもがかなければいけない不都合な状況があるでしょう。

全ての状況において、マインドを安定させ続けなさい。実際、良いカルマも悪いカルマもただのカルマです。現実では、良いも悪いもありません。良い人生、悪い人生、上位の人生、幸運な人生、不運な人生もありません。それはただの特定のあなたの人生です。そして全てのカルマから自由になるためにそれから学ばなければいけません。


カルマ的預金を増やし、カルマ的借金を減らす

人生はプラスとマイナスのシリーズです。人生のカルマ的銀行口座のプラスとマイナスを理解するためには、外側からではなく、内側から状況を見なければいけません。内側からとは、あなたの意識レベルからという意味です。あなたの旅はワンネスの絶対的な意識へと向かう、自己実現の旅です。

この旅において、まだ学ばなければいけないものとして借金を、そして既に学んだものとして預金を記録できます。

預金をもたらすもの(+):無私の行為、勉強、内観、瞑想。私たちに認識・アウェアネスをもたらすものは全て預金を与えます;行動のダルマ的ルールに従うことは、預金を蓄積することです。私たちを目覚めさせる行為は全て預金になります。

借金を増やすもの():私たちを無知にさせるものは全て借金をもたらします。エゴ的分離や錯覚を強くするものは全て借金です。

プラスとマイナスの残高はあなたの進歩を表し、プラスの蓄積は全ての借金返済を可能にします。(カルマからの解放)


カルマを解決することやカルマ的借金を返済することとはどういう意味か?

それは困難を経験し、真我とは誰で、真我でないものは誰かについてゆっくり学ぶことです。例えば、人間関係のカルマについて、真我である純粋で無条件の愛の真のレッスンを学ぶために、様々な人間関係の側面を経験しなければなりません。あなたは無私になるでしょう。他者も含む真我の愛を学ぶでしょう。


苦しむこととは学ぶことです。

カルマから学んでいるとき必ず苦しまなければいけないのか?苦しむことは主観的で、自分のカルマに対する反応に関係しています。そのため、学ぶための誘因としてあなたのためにそれはあります。

時々、学ばずに苦しみから逃れたい時があるでしょう。例えば、中毒や病気、自己を憐れむこと、非難することに逃げるかもしれません。そのような時、自分のカルマ的レッスンを学ばずに、自己と他者に対する同じ見方に深く潜っています。しかし、人生は学校であり、様々な状況がとても異なって見えても、ある種の進歩がそこにはあります。


借金の返済、カルマの緩和は段階的です:

カルマはゆっくり理解されます。あなたは役割を変え、そして学びます。あなたは苦しみ、そして学びます。

カルマの緩和とは、物事についてどう考えるかについてのあなたの考えを洗練することです。あなたは無私になり、無執着になるでしょう。そしてカルマをダルマへ転換するでしょう。距離を置き、自分自身を真面目に捉えすぎず、離れ、影響されない真我を思い出すでしょう。平安なマインドを保つでしょう。許し、カルマヨーガにおいて全てを捧げるでしょう。


あなたの人生は過去からのカルマの結果です、しかし現在にあなたは選択肢を持っています。

現在、あなたが認識している時、自分のカルマを緩和させることについて何か取り組むことができます。過去のカルマから受け継いだものとしての同じ状況を再生産するか、もしくはカルマについて賢くなり未来では同じカルマ的状況を再生産しないようにするかの選択肢をあなたは持っているかもしれません。時々レッスンは集中的で、多くの問題が同時に発生することがあります。コロナウイルスの世界的流行の時勢で世界が経験している集中的な浄化は、カルマが加速していて私たちにはそれに直面する以外の選択肢が無い状況の例です。カルマの視点から、これらの困難な状況を見るようにし、自分の行為の結果をより認識し、その試練に向き合うようにしなさい。


あなたは何かを学びますが、新しい借金を作ります。

あなたのカルマ的借金の返済のプロセスはとても深いところまで行きます。マインドをコントロールし、カルマに反応しなくなり、新しいカルマをつくる長期的なトレーニングです。例えば、あなたは閉じ込められていて、移動したりやりたいことが出来ないことについて理解していません。自分や他者が内に向き意識を変えるための普遍のレッスンを理解できません。あなたは憂鬱になり、または気が動転し、間違った行為を行います。

人生は輪、カルマの車輪のようです。あなたは何かを学びますが、新しい借金をつくります。それはただどんどん続いていきます。何かを学び、何かを学びません。何かを学び、何かを学びません。あなたはただそれを繰り返します。教室から教室へ、人生から人生へ。


カルマヨーガとは?

カルマヨーガは、自己の感覚や行為との自己同一視を変えることでカルマを解決する方法です。

カルマヨーガでは、あなたの動機が純粋である必要があります。動機は心から、真の内なる気持ちからもたらされます。

・道具だけであることの態度を培いなさい、離れなさい

・結果を捧げなさい:賞賛や批判、成功と失敗において、マインドを安定させ続けなさい。それはわたしのことではありません。彼らのことではありません。彼らを好きか彼らが私を好きかのどちらでもありません。それとは関係ありません。自分の行為の結果を捧げること、つまり進歩を続けるためにこのカルマを捧げます。

・最善を尽くしなさい:努力をしますが手放すことを学びます。

・自分の義務を行い、辛抱強く続けなさい、これもやがては過ぎていきます。あなたのカルマは特定の義務をあなたに命じます。どんな義務も偶然ではありません。自分の義務に従えば、例えそれが難しくてもあなたは学びます。人生の全ての状況で、あなたには特定の義務があります。自分の義務の規律に従えば、あなたは大いに学ぶでしょう。実際、多くの医者や看護師は現在、他者を救うために自分の命を脅かしてまでも、彼らの義務を遂行しながら集中的なカルマを経験しています。彼らは戦争の最前線にいるような状況です。

これは、戦士ー弟子であるアルジュナが学んだ崇高な教えを思い出させます。彼は戦場で、魂が不死である事実や、カルマヨーガ、義務、行為における自己知識についての教えを受け取りました。


全てのカルマは特有です。

自分のカルマだけを理解することができます;他者のカルマは理解できません。誰かの人生を見て、彼らから学ぶことはできます。聖典によると、誰かのカルマがあなたにとって簡単であっても、自分自身のカルマに集中した方が良いです。例えば、あなたにとって難しい状況があったとします。しかし友人があなたを見て言います。「なぜこれについてあなたが大きな問題を抱えているかわからない。もし私があなただったら、こうする、あぁする。」カルマ的困難において、他者は簡単にあなたの問題を見ることができる一方で、あなたはまるで盲目のようになります。他者からのアドバイスを受け入れることや、他者を聞くことはできますが、あなた自身がその問題を対処しなければいけません。なので、比較せしないように。比較することは必要ではありません。


カルマをカルマヨーガへ転換し、人生のミッションを見つけなさい:

・ダルマは正しい生き方、正しい行動です。

・カルマヨーガの態度はあなたのカルマをダルマに転換することを助けます。

無私になり、期待なしに奉仕を捧げることで、カルマをカルマヨーガに変えることができます。あなたの無私の奉仕は特有のものです。あなたのために、それはあなたの態度を全体的に転換し魂に触れます。新しい視野へあなたの人生を開きます。

・そして、人生を通してこの崇高な態度が保たれなければいけないことが理解できたときに、無私の奉仕が人生のミッションへと転換します。

初めに問題を作り出した同じレベルの意識のにおいて問題を解決することはできません。なので、人生のミッションはあなたを自由にする無私の状態に戻ることです。

例:

・放置されたホームレスの女性が、他のホームレスの女性たちのためにシェルターを開き、自尊心や自信を持つことを彼女たちに教えます。

・愛する夫を病気で亡くし悲しんでいる妻が、死を超えた愛の美徳についての意見を表し、病気の人々を助ける無私の奉仕者になります。

・経済危機によって無職になったり破綻をした人が、人々が創造性を表現し、賢い設備投資によって稼ぐことを向上できるように助けるための会社の創設者になります。

・ウイルスによって家族を亡くした科学者が今は、ウイルスを研究し、治療法やワクチンを見つけることにワイフワークを捧げます。

・常に物事を変ようとする政治的活動家が今は、母なる自然の恩恵に頼りながら自然環境の保護や改善に自身を捧げます。


現在において自分の義務を全うしなさい、未来の面倒はみられます:

ダルマは義務です。それはあなたのカルマを非利己的な義務に変容させることです。つまり、他者とより良いものへの奉仕にエゴを置くことです。まず自分自身のことだけを考えるのではなく、全ての人々の幸せにおいて共有することや、社会向上のために尊敬すべき貢献者となること、創造物全体へ自己を開くことはカルマをダルマに変えます。全ての側面で人生を向上させます。結果は必ずしもす即座ではないかもれませんが、忍耐力とカルマの働きの知識は利得の見通しを与えます。

ヨーガの教えは、どのような状況でも常に親切でいて良いことを行いなさい、と述べます。

カルマは理解され解放されることができます。スピリチュアルに成長することは、私たちがカルマをダルマに変えることを必要とします。


ダルマ的人生は幸せをもたらします

幸せはマインドの平安からもたらされ、不幸は落ち着きのないマインドからもたらされます。

ヨーガは、知足を見出しカルマの蓄積を切り抜けるために、思考の波の抑制の練習を教えます。

幸せの探求において、私たちは多くの間違いを犯し、永久に続く無数のカルマを作ってきました。全ての人々が答えを外側で探しているこの競争的で興奮した世界において、私たちの幸せは物質的所有物や感覚的快適さにあると信じています。私たちの幸せは誰かの幸せの代償としてあるべきだと考えるので、私たちは競争し自分が最高の位置を得たことを確信します。誰かの幸せが自分の代償としてあることを怖れ、嫉妬深くなりうらやましくなります。私たちは、実体のないものや、スピリチュアルのもの、崇高なもの、神聖なものは見ません。内側の平安を成功として捉えずに、外側の成功を信じています。なので、私たちは自分の情熱や欲望によってあらゆる方向に引っ張られ、欲望の後には失望や怒りがもたらされます。

ヨーギたちは、幸せを見出すためにはまずマインドの平安を得ることが必要であると断言します。つまり、欲望には終わりがないことや、欲望の対象物は実際自分の幻想が外側に投影されたものであることを、最終的に認識する必要があるということです。私たちは、好き嫌いや、浮き沈み、何かに向かって常に走ること、何かから逃げることを避け、内に向くことを最終的に学びます。

平安の体験をし内からそれがもたらされることをやっと理解し、落ち着き内に集中するために意識的に努力することを決めるとき、ヨーガと瞑想が私たちの人生にもたらされます。


ヨーガがどのように助けるのか?

伝統的なヨーガは自己努力とリラクゼーションに同じ価値を置きます。シヴァーナンダ・ヨーガのクラスにおいて生徒たちは、コントロールしながらポーズに入り、不快なところや緊張しているところに呼吸を送りながらホールドし、コントロールしながらポーズからゆっくり出ることを学びます。ポーズとポーズの間にはリラクゼーションと呼吸があり、全体を通して自己認識を強調します。ポーズは瞑想へと導きます。なので、これらの教えを規則的に練習することは、スローダウンし、自分の外に幸せを探求することは私たちをどこにも導かないことに気づかせてくれます。ヨーガは出口を示してくれます。規則的に練習することによって、あなたの人生のミッションは明らかにされるでしょう。


# by sivanandatokyo | 2020-05-12 08:59

By スワミ・シタラマナンダ 2020年4月18日


変遷時における一新と選択-どのように逆境をチャンスに変えるか_d0250187_14131891.png


はじめに


 イースターおめでとうございます!一新や覚醒、永遠の命を象徴するこの意義深い日に、私たちは自分たちの無限の可能性や、無限の内なる資質、常に勝る完全な愛を思い出させられています。この祝日は人生の意味を祝い、私たちの人生の美しさや神聖を思い出す時です。スワミ・シヴァーナンダは仰いました、「人生の本当の目的は、私たちが来た源に戻ることです」。川が、その水の供給源である海に結合するまでとめどなく流れるように、私たちも、内の深いところにある真我における平安と一体になるまでは、落ち着きなく過ごします。


 この絶え間なく流れる自己実現へ向かう人生の旅において、変移と困難を成長の機会として捉え、丁寧にそれらに向き合う必要があります。なので下記のことについて話します:

1.どのように人生は常に変遷しているのか

2.どのように人生はポジティブな、内に上に向かう方向性をもつのか(外へ下へ向かうのではなく)

3.この旅路では、私たちはもがいていますが常に進歩しています。もがけばもがくほど、私たちは強くなります。

4.私たちは選択権を持っています。状況に対する被害者ではありません。どのような状況でも、人生で前進する選択肢があります。私たちの選択権を行使しなければいけません。

5.意識的な自己変容と一新の7つの段階。どのように自己を意識的に一新させるか。

6.エゴが頑固である時、選択をしたり決定することが難しくなり、恐怖心や不安によって麻痺してしまいます。信仰や信用、無執着を学ぶことによって、自分自身のために人生を生きやすくすることを学ぶことができます。意識的で自己に取り組んでいる人にとって、間違いは成功への手段に過ぎません。

7.逆境は認識、ものの見方です。あなたは影響されない自己に戻ることができます。あなたは自分の運命のマスターです。真我は至高です。これをあなたにしたのは誰でもありません。強くなり、人生のゲームを受け入れることを学びなさい。「あなた以外に世界はありません」。

8.全てのことは練習、修行のための機会です。



私たちは常に変遷の中にいます

 人生は旅です。人生の方向性があります。私たちは常に人生の段階の変遷の中にいます。全ての段階において学ぶべきレッスンがあります。人生の見かけと錯覚に道を迷わないようにしなさい。私たちの方向性は、常にここにあった内なる平安を悟ることです。


様々な変遷:

・人生と人生の間(今生は人生という本の一章にすぎません。全ては永遠ではありません。)。自分の人生から一歩下がって、今生のテーマを認識しなさい。

・人生の段階。自分の年齢と成熟さによって、人生の4つの段階を通っていきます。それぞれの段階で自分の義務を学びます:学生期、世帯を持つ時期、引退期、出家期。私たちの苦しみは、すべての段階で学ばなければいけないレッスンを映し出します。また、自分の心理や要求が人生の各段階と共に進化することを学びます。

・時間の使い方:私たちの理想な時間の使い方は、内なる存在を映しているものです。自己認識が無く、本能的な生活、生存の思考や楽しみのためだけに生きることによる無意識であることから、揺るがない自己についての考えや、分離した人生で最善を尽くすこと、自分の行動や他者に責任を持つことへ、そして最後に無私になり、ワンネスを理解し、ワンネスのヴィジョンに沿って行動することへ。

・グナ、タマス(暗闇)からラジャス(活動)、サットヴァ(純粋さ、調和、知恵)へ。私たちの旅は、自分のヴェールから自分自身を明らかにし、内なる光と知識を認識する浄化の旅です。

・自分のカルマの期間。自分のレッスンは丁度よいタイミングでシークエンスに沿って学ばれます。インドの占星術によると、人生はひとつのカルマの表現から次のものへ、ダシャの期間から次の学ぶべきところへと回っていきます:自信(太陽);心理と感情(月);行為とエネルギー(火星);知性と論理的思考(水星);正義と知恵(木星)、帰依心と楽しむこと(金星)。自己規律と忍耐力(土星);欲望と衝動(ラフ);無執着と放棄(ケトゥ)。全ては私たちが学ぶことができるように天のエネルギーによってセットアップされています。楽しむことのレッスンは20年、自己規律のレッスンは19年、欲望のレッスンは18年、知性のレッスンは16年、知恵のレッスンは16年、マインドと感情のレッスンは10年、エネルギーと行動のレッスンは7年、無執着は7年、エゴは6年です。

・季節と天候:季節が回り巡るように、冬から春へ、春から夏へ、夏から秋へ、そして冬に戻ります。人生は周期的です。私たちはただ一歩下がって、季節が変わり回るのを楽しまなければいけません。気温や天気の変化は気分や健康に影響します。この予測は私たちが変化を受け入れることを助けます。

・一日の時間:私たちが感じる変化は季節の変化だけではなく、日の出や日没、正午などの一日の時間どうしのエネルギーの変化も映しています。適切な時間に物事を行うことは、結果に影響します。

・覚醒、夢見、熟睡。私たちの一日の風景は意識の異なる状態の間でも回っています。重要なことは、自分の内側と外側のすべての変化する現象に対して観察者、目撃者になることを学ぶことです。


 実際、私たちは常に変遷し全く静止していません。常に自分自身を一新しています。マスター・シヴァーナンダによると、「人生は学校です。すべての悲しみ、痛みは貴重なレッスンをもたらします。世界はあなたのベストな先生です。全ての経験にはレッスンがあります。世界はベストな訓練場です。」泥の中から成長する蓮の花のように、世界にいながら世界に影響されないようになることを学びなさい。


人生の旅は、外と下ではなく内と上に行くこと

「内」とは私たちの内にある平安へ向かうことであり、「外」とは自分を外側の物事に見失うことです。「上」とは軽さと満足さを感じることで、「下」とは落ち着きのなさや不満足さを感じることです。あなたの道を認識し、自分自身を一新しなさい!

ー不純さから純粋さへ:困難や痛みを受け入れることを学びながら、自分たちの不純物を浄化しています。より良い行動を学ぶとき、光と平安が内から光り輝きます。

ー嫌悪から宇宙の愛へ:嫌悪感を減らし愛を増やすことで、私たちは正しい方向に進みます。

ー死から不死へ:もし自分が死ぬ身体だと思い込む場合、死の恐怖によってつかまれます。ヨーガや瞑想を通して意識を変えることや、自分の内に深く行くことによって、身体からより離れることができ、自分の永遠の魂からもたらされる自由と軽さを感じることが出来ます。

ー不完全さから完全さへ:他者が完璧でないことを批判したり、自分が完璧ではないことにがっかりしているかもしれません。後に私たちは成熟し、この世界で完全さを得ることは不可能だということを知ります。この相対的な人生で最善を尽くすと同時に、完全である自分自身や人生のレベルを悟ります。最終的に、全ては常に完璧であることを悟ります。より良い過去を作ろうとすることを止め、完全さが見つけられる現在にのみ生きます。

ー奴隷から自由へ:私たちは被害者でやりたくないことをするために自分の人生に縛られていると考えるかもしれません。本当の自由の意味を間違って理解しているかもしれません。スワミ・シヴァーナンダは仰いました。「自由とは、好きなところで食べることや、好きなところに行くこと、好きなことを話すことなどではありません。それは自己規律において見出せるものです。」私たちは実際、自分たちの欲望や感覚への奴隷です。ヨーガはネガティブな習慣をポジティブなものにゆっくり変えることや、私たちの真の内なる自由を悟ることを助けます。

ー多様性から統一へ:見た目の違いにおける統一を見出すことを学ぶとき、私たちは成長します。例えば、ひとつの国家だけではなく人類全体の苦しみを見ることです。グローバル・コミュニティとして現在私たちが経験しているテストは、私たちをより近づけます。分離の感覚から相互依存の感覚へと移っています。違いを受け入れるためにマインドと心を開きなさい。批判的にならないように。

ー無知から永遠の知恵へ:マインドと感情をコントロールすることや、混沌と論争の中で賢くなることを学んでいます。自分の人生の全体像を見ることを学び、同じ間違いを繰り返さないことや新しいカルマを作らないことを学びます。

ー痛みから永遠の至福へ:私たちは痛みから学びます。間違ったところで幸せを探して自己を見失っていることを知ります。最終的に、幸せや答えは内にあるということを学びました。痛みから自由になるために、呼吸をし、リラックスし、甘受し、自己と他者を許します。

ー弱さから無限の強さへ:自分の弱さによって、私たちは恐怖心や執着を持ち、自分自身と他者に痛みをもたらします。人生の旅は、さらに難しい困難に向き合うためにより強くなることを私たちに教えます。全てはあなたの強さと信仰のテストです。


私たちは選択権を持っています。

 本能や感情に対して意識的な知性を賢く行使する必要があります。

 さらなる認識(アウェアネス)への旅路において、知性を行使しますが、通常私たちは習慣的な低次なマインドによって逆方向に引っ張られています。私たちは学び成長したいのですが、自分たちの習慣や執着に捕らわれています。感情は、過去や未来へ私たちを引っ張りますが、知性のガイダンスには抵抗します。私たちは過去や未来に自己を見失い、現在に精一杯生きることが出来ません。安全な過去に戻りたく、未知なものへの冒険が難しくなるので、私たちは満たされずに停滞します。自由への鍵である現在を失っています。

 変化を作るには助けが必要です。高次のマインドをもつ人々、私たちがいるところにいたことがある人々は、旅路において私たちを支えることができます。自分たちの意識的な選択は、自分の高次なマインドまたは誰かの高次のマインドによって後援されます。


意識的な変化の7つの段階

 マインドにある印象を変容するための7段階。自己をどのように一新するか。同じことを繰り返すマインドの傾向をどのように扱うか。古いパターンを新しいものに変えるとき、私たちは不安定な変遷の場所に入ります。慎重に構成してきたアイデンティティを失う恐怖があるために、私たちはいつも新しいパターンに抵抗します。それは古い自己のより進化したバージョンのようであり、最終的に私たちの本質へと導きます。私たちのマインドのパターンを、さらに健康的なデザインへと磨き、浄化しつづけています。それはより簡単になります。

1.動機を定める

2.役に立たない習慣を対処することのコミットメント。意識を高め、内なる知恵や光を取り込みながら、古い習慣への逆戻りに抵抗する意識的な意志。

3.マインドを観察するためにスローダウンし、より良い内省や見識がもたらされる。ヨーガの練習はスローダウンするように助けます。

4.古いサムスカーラに私たちを捕らえる見えない力への認識

5.怖れのなさ:不快な感覚に耐えるー悲しみや孤独の恐怖心など

6.新しいパターンを想像する。ヨーガの練習をして、マインドが落ち着きリラックスしている時に、新しく発見された自己をイメージする。

7.練習。何が逆戻りの引き金となるのか理解する。

決定と選択の難しさは恐れからきます

 間違いは成功のための手段です。

 エゴが頑固な時、そして私たちの内側に争いがある時、選択や決定が難しくなり、恐怖心や不安によって麻痺します。信仰や信用、無執着を学ぶことで、自分自身にとって人生を生き易いものにすることができます。意識的で自己に取り組んでいる人にとって、間違いは成功への手段に過ぎません。探求者にとって間違いはありません、レッスンだけがあります。


逆境は認識です

影響されないあなた自身に戻りなさい。他者はいません。あなた以外に世界はありません。あなたがマスターです。実行するより言うことは簡単です。多くの人にとってのこの逆境の時勢において、真我の知恵を訴えたり、有名なヴェーダーンタ的例え話を使って怖い「蛇」ではなく「ロープ」をみようとすることは難しいかもしれません。しかし、現実では全ては大丈夫だと知り、このスピリチュアルな強さを備えることで、蛇、想像できる最悪の結果に直面する勇気を見出すことが出来ます。逆境は良い調教師です。

何が何でも強くいるためには自分を訓練する必要があります。逆境において、私たちは起こることに対して精神的に準備しなければいけません。必要以上に大騒ぎし恐怖で逃げるのではなく、正しいことを行うために困難に向き合います。

ネガティブなヴィジュアル化によって、人生における困難のために精神的に準備ができます。

最悪の結果をイメージすることによって困難に直面しなければいけません。最悪の状況を見るということは、自分の宿命として諦めることではありません。実際それは逆です。最悪のものを見ることで、砂に頭を埋めて恐怖でそれから逃げることはなくなります。なので、可能性のあるネガティブなシナリオの詳細をイメージしてください:自分の母親や息子を失うイメージ、仕事を失ったりビジネスが破綻するイメージ。悪いニュースに直面し、それらについてのポジティブな考え方を一緒に見つけましょう。「出口はありません、通ることだけです」これに一緒に準備しましょう。

・閉じこもり:内に向かう時です。内側の練習をしなさい。瞑想し、忙しいときに無視してきた自分の思考を認識しなさい。

・精神的に圧倒される:タスクが変わります。学校が閉鎖しているとき、親の義務は圧倒的です。これは自分の子供をより知るための機会です。彼らに勉強を教えたり体系化する際にはクリエイティブになりなさい。

・人生計画が変わります:予定がキャンセルまたは延期になります。大丈夫です。時が来るときに、その予定により感謝するでしょう。それは最悪のことではありません。

・病気:私は病気にかかるかもしれません。死ぬことさえあり得ます。大丈夫です。死は人生の終わりではありません。しかし、もし私がこの身体にいる理由がカルマであれば、今私がいるカルマを完了したのかわかりません。なので自分に問います、私は死ぬ準備が出来ているかまたは出来ていないか?。死の予想はこの人生に意義を与えます。死だけが問題なのではありません。認識し祈る能力を奪う人工呼吸器によって鎮静させられているとき、そこには死があります。そして、最後の思考が来世を決定づけるということを知っています。意識的でいて、出来るだけ軽く、ゆっくり、深いヨーガ的呼吸をし、マントラと祈りを唱えながら死んだほうが私は良いです。もし私が生き残ったら、数週間病気と向き合わなければいけないかもしれません。大丈夫です。私が生きていることには意味があるはずです。遅かれ早かれ私のミッションを達成するでしょう。

周りの人々が病気になり、亡くなるかもしれません。アメリカでは人口の40-60%が病気になり、100万人以上が亡くなるという予測があります。大丈夫です、それは私の意志ではなく、神の意志です。

・人々が絶望的であるとき、暴動が起こるでしょう。それは起こりますが、それはそんなに一般的ではないので、私は今それについて心配する必要はありません。通常は、他者を助けるために自分の快適ゾーンから出る人々をよく見ます。これは私にとって他者を助ける機会です。

・供給チェーンにおける崩壊があるときは商品不足が起こるでしょう。それは短期的な不足です。シンプルな暮らしを送ることで私たちは大丈夫でしょう。ヨーガとアーユルヴェーダでは、キチャリ(米とムング豆)と野菜でとてもシンプルに暮らすことが出来ます。多すぎる食べ物や、世界中から来る食のバラエティを持ちすぎていました。畑にもどりましょう。私たちの健康や生命への感謝が高まるでしょう。

・経済は不景気に入るでしょう。消費者の消費の習慣は根本的に変わるでしょう。大丈夫です。私たちには、さらなるものは必要ではありません。この状況はそれをとてもはっきりさせます。過剰に消費する必要はありません。

・国境が閉じるでしょう。これまでしてきたような移動は出来なくなります。大丈夫です。内に向かい、自分の欲望や想像をコントロールすることで、自己や自然、周りの人々で満たされることを学びます。インターネットによって今まで以上に世界中の人々と繋がることができます。

・国家間に緊張が起こるでしょう。大丈夫です。国家はその同盟国と助け合うでしょう。常にあるゲームと変化です。


全ては人生の流れに従うための練習の機会です。

多くの練習の種類があります:

・美徳を培う練習:

 柔軟さ、適応性、強さ、勇気、不屈の精神、共感、忍耐力、リラクゼーション、無執着、

 落ち着き、寛大さ、我慢強さ、無私、思いやり、愛

・悪徳を撲滅する練習:

 怒り、非難、批判的態度、頑固さ、先延ばしにすること、意志の欠如、忍耐力の欠如、

 自己コントロールの欠如、マインドと感覚を内に向けることが出来ない、自己認識の欠如、

 今ここにいることの練習、少しづつ行うことの練習


結論

 信仰と不屈の精神を持って人生と共に流れ続けなさい。受け入れること、アウェアネス、無執着を練習すれば、ありのままの人生を楽しむことができます:学校と劇。さらにそれが上手くできるようになります。全てを失うことが出来ますが、重要なことは自己を失わないことです。スワミ・シヴァーナンダは仰いました:「どんなにゼロがあっても価値はありません。それらの前にあなたが1を加えない限り」。


# by sivanandatokyo | 2020-05-09 14:15